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2013/06/16

あなたの苗字の由来は??

黒木 安馬さんから
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 あなたの苗字の由来は??

苗字帯刀、苗字を持てて刀を腰に差すことが、
許されていた江戸時代の武士だが、
一般庶民には苗字も許されていなかった。

武士は、平安時代後期に律令制と荘園制度が崩壊した時に
自分の土地を開墾して自家所領し始め、
剣術を身につけ武装してその所有権を主張するため
土地に固有の名前を付けた。
新しく開墾した田んぼだから“新田(ニッタ)”などである。
命を懸けて場所を守る、『一所懸命』の由来でもある。

土地の名前が、そのまま武家の苗字として江戸時代まで続いたが、
民百姓は、どこの集落で何々をやっている、
朽ちたワラ屋根の田吾作などの表現、
「屋号」で識別する程度でしかなかった。

ところが、その鎌倉以来700年続いた武家社会は
江戸幕末を迎えて鎖国も消滅し、
海外の列強と伍して国を造らなければならない
近代的な明治新政府が誕生した。
もとよりペリーの黒船に代表される欧米諸国からの
侵略を防ぐにあたっての開国であるから、
富国強兵の立国は急を要した。
各藩に任せていた地方自治を廃藩置県にすることで
新政府に一極集中させて統一し、
1871(明治4年)、全国に戸籍法を発布した。

国民皆兵、兵隊を作るにあたって全国から徴兵しなくてはならないが、
戸籍なのに苗字が無くては把握しようがない。
兵隊の点呼でも氏名が無くては不可能であり、
義務教育制度や税金の取り立てにも支障があることは明白であった

1875(明治8年)2月13日、全国に苗字を強制する法律、
「平民苗字必称義務令」により、
国民はみな公的に名字を持たなければならないことを発布した。
つまりそれまでは、公家や武士、庄屋や名主など
特に許された旧家の者だけが苗字を持っていたのであり、
わずか130数年前の明治初期までは我々一般庶民には、
苗字は一切無かったのが事実なのである。
明治と言ってもそんなに遠い昔ではない。
私の父は明治44年生まれである。

兵隊に取られる、税金を取られる・・・
国民はその真意を見破って反発した者も少なくなかった。

自由奔放に平地部の人々とは違った古代からの伝統と血族を
引き継いで生きてきた山岳民族は、
捕縛されたり、官憲から逃げて殺されたりして
平地へ引きずり降ろされて消滅の運命に遭うことになる。
映画『瀬ぶり物語』はそれを扱った名作である。

反対の強い村には、役人が大工を連れて一軒一軒を回り、
適当な苗字をその場で役人が思いつきで書きつけた表札を
玄関に打ち付けたと記録が残っている。
役人への嫌がらせで、自ら『腰巻』と付けて、
その子供には『とく』と名付けた親もいたという。
ただお上の命令、いつまでも背くわけにもいかず、
人々はどのような名前を付けるか苦心した。

徳川や松平など皇族や将軍家の名前にあやかることは禁じられた。
山や田んぼの上方から家を数えて畑山、畑中、
山田、田上、田中、中田、下田・・・
橋の近くに住んでいるから橋本、
小鳥遊(たかなし…鷹がいなければ小鳥が安心して遊べる)、
四月朔日(わたぬき…暖かくなる旧暦四月一日には服につめた綿を抜く)、
九(いちじく…一字で「く」)など勝手気ままな苗字が創られ、
それがそのまま急ぎ登録されたのである。
ただ、戸籍整理は徴兵や税金逃れのために届け出が遅れ、
6年経っても戸籍が不完全であるため、
長崎などでは徴兵が一人も出来ていない!と
大山巌陸軍大臣を嘆かせたと記録がある。

と言うことは、我が家の先祖は藤原だ、
源氏、平家だと皆が自慢している家系は、
とんでもない最近の作り話に他ならないのである。

誰しも、自分を大きく偉く見せたいのは人間のサガ。
苗字を持つようになると、祖先の血統がどうのとこだわりたくもなる。
そこに目を付けた詐欺師や山師が各地を回り、
いかにもあり得そうな武勇伝や平家落人伝説のやんごとなき御方の
お種落とし伝承などの作り話を語ってみせ、
荒唐無稽な家系図を書いて見せて金にする。

それがいつの間にか、その家の有難い出自として伝え残されることになる。
大なり小なり、世界中が神話に近い、
アーサー王伝説に似たようなものなのである。

自分の父母の父母、すなわち4人の爺ちゃん婆ちゃん、
直近の名前すら言えないのに、
気の遠くなるような昔の源平藤橘なんぞお笑い草でしかない。

私の黒木姓を調べてみたら、
熊本県・肥後国黒木村がルーツであり、
中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに
始まる藤原氏隆家の流れ!だと。
笑ってしまった!

自分がこの世に誕生するには父と母の二人がいてのこと。
その父と母にもそれぞれの両親、計4人がいる。
そのまた先祖には8人、
そのまた先には16、32、64、128と倍数で増え続け、
25代先にさかのぼれば1億6千万人と、
日本の人口を上回る自分の先祖がいて、
それが僅か30代前になれば地球上の人口になるのである。

その中の誰ひとりのDNAが欠けても
現在の自分一人の存在はあり得なかった不変の真理に比べれば、
名前や氏素性なんぞ、
上辺の虚勢にこだわる呼称はどうでもいいこと。

他人様の家系とやらを云々したところで、
上を見ればきりがない、下を見てもきりがない、
生きているだけで儲けもの!なのである。

因みに、戒名は、名前を変えることで生前の悪行を隠す、
閻魔(えんま)大王を騙す為にある。

人生つまらない見栄を捨てて
現在の自分自身を精一杯おもしろく活きてみたいものである。

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