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2013/02/07

あつた蓬来軒 でひつまぶし

あつた蓬来軒 でひつまぶし

名古屋名物 ひつまぶし はあつた蓬来軒が発祥の地と聞いています。
先日ある会合でここで昼食に ひつまぶし をいただきました。
食事の前に女将さんからあつた蓬来軒のひつまぶしの由来をお聞きしました。

「うちは明治6年に創業させていただきました。ここは東海道五拾三次の宮の宿といって大変賑わったところです。置屋さんやお料理やさんや芝居小屋などがありました。
うちは料理屋としてやっていたのですがその頃からうな丼をやっていました。
出前もすごく出ましてその頃は瀬戸物のどんぶり茶碗に入れて運んでいました。
一度に10個15個というと運ぶのが大変でした。また帰りにはこのどんぶりをよく割ってしまった
そうです。
明治の中頃に女中頭にお梅さんという人がいました。このお梅さんがどんぶりで持っていくのは
大変だからおひつに入れてその上にうなぎを乗せて持って行ったらどうか。
お客さんにつけ分けていただけばいいじゃないでしょうか?
ということでおひつに入れて持っていくようになりました。
ところがこれですと最初にどんぶりにつける人がうなぎばかり持って行ってしまって後でごはんだけ
残ってしまう。
そこでまたお梅さんがそれならうなぎを細かく切ってごはんに混ぜて持っていけばうなぎばかり
つけることはできないだろうと言いました。
しかしこれには板長から猛反対があったそうです。
馬鹿野郎。そんなことをされちゃあ折角のうなぎが台無しじゃないか?と
しかしまあいっぺんやってみましょう、ということでやってみたらお客さんから大好評で
それ以降ひつまぶしとして出すようになりました。
今ではそれが一人分づつおひつで出すように変わってきましたが。」

これがそもそもの発祥のはなしだそうです。
また今の女将の先代は大変きれいな名古屋弁を使う名人ということで大変人気者でしたね。

それから女将さんから聞いたことですが
昨年のうなぎの価格高騰でうちも値上げを考えましたがひつまぶし 3100円というのはもう
みなさんに食べていただくには限界ではないかと考えて量も減らさず値上げもせず
なんとかふんばっています。一時的に値段は収まってきていますが今年また値が上がるのではないかと恐れています。 
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