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2012/11/22

<東海歴史散策 96>眼 下 の う ね る 長 良 川  (岐阜県 長良川)

<東海歴史散策 96>  2012年 12月  1日号

川田 きし江様から

眼 下 の う ね る 長 良 川  (岐阜県 長良川)

 真っ暗な中天に、わずかな傾きをみせてたはめこまれていた
月のまわりが、ふいっとぼやけたように見えた。幾重にも重な
る遠い東の山ぎわの白い光は、いぶし銀の輪となって、四方の
山と空との間にはまり、ふと気がつくともう夜明けーーー。

 淡い光の中に浮かんでくる水面にはまだ波一つなく、流れに
突き出した中州の奥に目をやると、一列に並んだ屋形船が十数
隻、びっしりと張りつめた氷に影を落としているだけだった。

 長良川といえば鵜飼と有名だが,起源をとどれば、世界各地
にあった原始狩猟のひとつである。その代表は鵜飼と鷹狩であ
るが、今日の隆盛になったのは、織田信長が美濃の国に城を構
えたり、鵜匠に地位を与えて保護したからである。

 長良川を眼下に見下ろす金華山は、わずか海抜338M、だ
が実際に歩いて登ってみると想像もつかぬ急勾配な岩塊の積み
重なりである。天然の要塞。日本のほぼ中間にあり、鎌倉初期、
早くも稲葉城(岐阜城)が建てられた。美濃・尾張・三河を見
張る関所の館程度であった。

 東西と北を絶壁に囲まれ,南にだけ尾根の伸びた地形、樹木
が生い茂って外からの視界を絶つこの山に斎藤道三は砦を作っ
た。

 眼下にうねる長良の流れも、最初が銀色の一本の帯となって
光っていたのだが、遠い山並みの霞むころからねずみ色に変わ
り,やがて岸べの町並の灯を映して青づみ、それもやがては、
細い波の線を残して消えていった。

 天に光が残っている間は、遠い山並は、厚い壁となって,四
方からおしつつんでいたがやがてそれも闇にのまれると、あと
は眼下に町の灯の渦ーーー。ふりあおぐと、天守閣の真上にあ
たる空には,白い大粒の星が一つ、ひときわ輝きをましたよう
に思われた。

 長い長い年月の間に,幾たびとなく入れ替わったここの城主
ーーー、そのいずれもが、朝な夕なここに立ち、なにを思い、
なにを心に決めたのか。ある朝は希望に満ち、ある宵は悲しみ
にうちひしがれていたのかもしれない。
Unknown4

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