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2012/11/16

岐阜大学 環境フォーラム 講師 内山 節 氏

岐阜大学 環境フォーラムに参加してきました。
    「自然環境について考えるーー文明の災禍」
              講師  内山 節 氏  哲学者

感想   内山 節さんの話はとても奥深い話だったと思います。
じっくり考える必要がありますね。もう一度聞き直してみます。
とりあえず走り書きのメモです。
せっかくいい先生が来て下さったのに参加者が非常に少なかった
のが残念です。どうして大学生は聞かないのでしょうか?
授業時間中なのに、不思議です。

講演内容のメモ
、原発に不安を持ってない人は殆どいないのではないか?
、原発は遠くにあると思っていたが実は隣にあったのだということがわかった。
、東京ははじめは放射能多かったがすぐに低くなった。それは雨で流されてしまったからだ。
コンクリートのために海や処理場などに流れた。
奥多摩地区は結構まだ高い。
、群馬県日光   放射能低いところだが
天然キノコを食べていいのでしょうか?
イノシシの肉は大丈夫か?

放射能の高い地域
民宿が多い
天然のものを出すのがご馳走だったのに今はそれが出来ない。
キノコ   肉   山菜も禁止になっている。
困っている。

、自分も自宅(群馬県上野村)で少し椎茸を作っているが食べていいものかどうか
迷っている。
、ips細胞   手放しで喜んでいいのか?
ここまでやっていいのだろうか? 心配だ

、人を殺すことは誰でもやろうと思えば出来るのだが実際には誰もやってこなかった。

、東北被災地   二つの景色がある
1  まったく復興が進んでないところ
地盤沈下したところなど


2 よくここまで復興したなという地域
漁師   いち早く立ち上がった
            津波は自然現象
            津波の後は漁が良くなるという言い伝えがある
            津波の後3ヶ月くらいは生物が海から消えた
              その後怒涛のように魚がやって来た
地震で社会が壊れたが自然は壊れてない

、原発事故    一面我々が作った面もある。
       責任の一端は我々にもある。
       多少は自業自得である。
  しかし動植物も放射能を受けてしまった。
これは許されないことだ。誰がどう責任をとるのか?
、自然と人間の社会である
   人間   死んだ人間も含めて考えないといけない
  死んだ人間は生きていたところに留まっていると考えられている。
死者の魂は消え去らない
私の家にも仏壇があり、朝は仏壇に手を合わせたり挨拶したり
貰い物を供えたりしている。
、自然という言葉は日本語にはなかった。後で作った言葉です。

じねん    もとはじねんと言った。自ずからあるもの   自ずからの成り行き

理想     自ずからのままに生きること
             自ずからでない生き方    殺されてしまうことなど
                                     事故で死ぬことなど

、私は40年も群馬県上野村に住んでいる
    魚釣りが好きなので
、農業をやるということ
自ずからの姿で農業をやる

、私の本業は哲学の研究です
哲学は論理でものを考える学問
明治以降できた

昔は哲学はなかったという先生がいる
実はそんなことはない

現代哲学は東洋思想から学ぼうとしている
世阿弥    から哲学を学ぼうとしている
    ヨーロッパの哲学者は世阿弥の本を読んでいない人はいないだろうと言われる

能    観客と能役者  一体となってしまうこと

儒教    論理的  漢民族の思想

イスラム世界は東洋思想に近いかもしれない

東洋思想的な考え方から原発事故を考えてみよう

自然と共に生きる   どういうことか?
    都会の人間はどうしたらいいのか?

自然の許容量を越えない生き方
   原発は本当によいのか?

東京で亡くなった人   葬式やらずに直接火葬する人   10%ある
     全国では5%
     こお傾向が急増している
     お別れの儀式   考えを失ってしまったのか?


、東日本大震災
そこに住んでいなくても繋がりを感じる人がずいぶんたくさんいる
復興ビジネス   現地の人と外の人が一緒になって考える
意外なアイデアが生まれている
ソーシャルビジネスということだが 
     まずは経済が回ることが大事だ
     消費者も一緒になって考える
    コミュニティを作りながらやっていく

  東北で出来つつある

、毎週金曜日にやっている   脱原発デモ
   どこからともなく集まってきている
   昔のデモとはだいぶ違う
   60年安保とは違う

、上野村で自然エネルギーだけでやれないか?
マイクロ水力発電   急流過ぎて難しい
山の木 無尽蔵にある  ペレット化して燃料にし
さらに発電をしよう。
各戸に小さい発電所を作ろう。それを東京電力に売ろう。

、近年我々は発展してきたと思っていたがそうでは
なかったのではないかと思うようになった。


なお内山 節先生のお話はこちら

http://sdrv.ms/UHdyAp

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