« 井戸を掘ってあげたのだが | トップページ | びわ葉温泉圧  講師 濱田 久美子先生   »

2012/09/07

知多の黒鍬衆 20名の悲しい遭難

知多の黒鍬衆 20名の悲しい遭難

 

 

知多黒鍬衆ってご存知でしょうか?江戸時代に知多半島のお百姓さんたちが農閑期の出稼ぎとして全国の土木工事に出かけたのが始まりです。その技が認められて段々と本職になっていきました。東海地区だけでなく関西や関東にも出かけていたことがいろいろな文献でわかっています。

 

 

悲しいニュース

 

昨日届いたはんだ郷土史だより44号にこんな記事がありました。

明治37年5月2日。知多の黒鍬集団20名が木曾谷で遭難。死亡した。土砂崩れの惨事でした。

 

もちろん悲しい出来事ですが本当に悲しいのはその後です。

 

 

知らせが地元知多に届いたのですが遺体を引き取りに来たのは一人だけ。しかも今日に至るまで石碑は立てられずお参りに訪れる人もいないとのことです。

 

最近になって名古屋市在住の都筑さんが遭難者の遺族や出身地探しをされて20名のうち6名のことがわかりました。はんだ郷土史研究会のみなさんもこれからこの運動を応援させることと思います。

 

*知多の黒鍬衆http://blogs.yahoo.co.jp/seizoh529/38368874.html

 

 

はんだ郷土史だより 44号  http://sdrv.ms/Q7PTm4

001


002

|

« 井戸を掘ってあげたのだが | トップページ | びわ葉温泉圧  講師 濱田 久美子先生   »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 井戸を掘ってあげたのだが | トップページ | びわ葉温泉圧  講師 濱田 久美子先生   »