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2012/08/02

岡山の笹原 真二さん 瓦伏せのこと

岡山の笹原 真二さん  (瓦伏せ)からのメール

笹原さんは寺社専門の瓦伏せの社長様です。
今回はその苦労話です。専門的なことはわかりませんがなにやら
えらい難しいことに挑戦されたようですね。

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備中黒鳥陣屋鶴見家の祠堂

昨年の年末、布賀(高梁市備中町)の大黒屋工務店の原田さんから「小さなお宮なんだけど見積りをして欲しい」という電話があった。お宮だったら、奈良のいぶし瓦でと、勝手にイメージを膨らませながら打ち合わせに行ってみると、桁行2間、梁間1間、屋根坪6坪少々の本当に小さなお堂。
NHKの大河ドラマの「峠の群像」や「元禄繚乱」でも放送された「二人の内蔵之助」大石内蔵之助が備中松山藩水谷家(みずのやけ)の改易にともなう松山城明渡しの一件で水谷家の家老鶴見内蔵之助と渡り合う物語。その後、水谷家は今の高梁市備中町布賀近隣3000石の旗本となり、鶴見家が幕末までこの辺りを代官として治めた。その鶴見家の代官屋敷(1800坪)の中にある屋敷神をお奉りしている小さなお堂だった。
瓦は広島県の東城もしくは吹屋の近くの塩田焼きの瓦ではないかと思われる石州瓦の流れをくむ本来待瓦(艶のある赤茶けたかわら)、窯の中で還元し切れなかったような瓦が屋敷の中の母屋、長屋門、塀、そしてこの祠堂に葺いてあった。しかし、蔵は新赤、離れは銀黒、母屋の北側の一部に新来待瓦(いずれも石州瓦)が葺かれているが、その新しい瓦に違和感を感じた。
この小さなお堂にどんな瓦を葺いたら良いか?今もって昔の来待瓦の雰囲気を味わうことができる島根県浜田市の亀谷窯業の本来待瓦、これを葺いてみたい。問題は通常の瓦よりずいぶん高価格、高温焼成で非常に行儀が悪い(焼きねじれがひどい)、したがって施工手間が掛かる等・・・
見積りは亀谷窯業の63型、56型そして通常の石州瓦の見積りを提出。3月末、大黒屋工務店さんから亀谷窯業の56型で行きたいという電話が入る。見本でしか見ていなかった瓦を見るため4月7日、浜田の亀谷窯業へ。実際に行ってみると56型の瓦では面白くない。63型でないとこのお堂には合わない。瓦の行儀はイメージしていたよりも良かった。
5月中旬、瓦が納品。改めて見る雁振の大きさに唖然とする。さらにのし瓦。反ったのし瓦を注文したのに、納品されたのし瓦は全部大きく起くっている。雨の日、袖瓦の合端、仮屋根での軒瓦の仮留めと平葺き、左袖は向こうばね系、右袖は逆に尻ばね系が強いような?少々いびつな瓦に不安が過ぎる。
6月20日、妹尾英明と現場へ。桟木を打って割り付け、瓦の緊結銅線を出す。
21日、雨、軒先の瓦ぐり、ケラ場のケラぐり作り。これらも思っていた以上に手間取った。
22日、瓦ぐりを仕上げてから現場に行く。午前中で瓦ぐり、ケラぐりを取り付ける。午後から軒瓦の取り付け、初めて扱う瓦のくせが掴めない。
23日、左右の角瓦も含めて軒瓦21枚をやっと付け終わる。
25日、右袖瓦9枚と平瓦3通り(24枚)妹尾英明は上手い。
26日、12通り(84枚)横8寸6分5厘、上り6寸3分の瓦が、1日に1坪少々しか葺けない。焼きねじれの問題より、むしろ金型の問題?瓦の頭と尻の型が合わない。特に軒瓦と1枚目の平瓦。半分以下の厚さまで削った瓦もある。
27日、残りの平瓦4通りと左袖瓦は取り付けることが出来ると思っていたが、左瓦に苦戦、左に回転してくる。7枚付けたところでタイムアップ。帰りの車中、頭の中を過ぎることは、「亀谷の瓦を使ったのが間違いだったのか?」車を止めて亀谷窯業に左袖20枚を携帯電話から追加注文。左袖をやり直し。
28日、左袖瓦を外してやり直しの準備。銅線もケラぐりも全てやり直し。こんなに躓くとは全く予想外だった。やり直しの準備さえ思うように進まない。
29日、どうにか左袖が付く。巴を合端、棟鬼は登り太鼓を用意していたが、古い棟鬼の方が良いような気がしてお施主様と棟梁に提案。急きょそれを洗って修理して使うことにした。棟の台のしは積めると思っていたが、のしどころか雨も降りだして鬼も付けることが出来なかった。亀谷窯業に鳥休みを注文。
30日、現場に着く前から雨が降り出す。昼まで現場の片付け。一日中雨。
7月2日、鬼を取り付けて棟の台巾に糸を張って台土を入れる。選別した大のし、直に近いものを入れる。7寸5分の大のし22枚を納めるのに午後1時近くまでかかる、30分の昼食休憩を取って、割りのしを積む。起くりのきついのしから順に。この起くりのしが青海波のように積めて案外面白い。しかし仕事は思うように進まない。
3日、雨天休業。
4日、10時までに鳥休みを着けて雁振も納めて無事?やっとの思いで終了。片付けも終え、11時過ぎに現場を後にした。午後から瓦工事の完了を天の龍神様が喜んでくれたのか?大雨が降った。         日記から抜粋
終わってみれば、「面白かった」のひと言。しかし瓦の基本を叩き付けられたような現場だった。全部銅線で留めて最高の防災屋根に仕上げた。瓦に変な細工をして、それに理屈をつけて防災瓦だと言っている昨今、そんな下手な細工は一切していない素朴な瓦に向き合うことが出来たことは貴重な体験だった。
瓦を削った切粉にまみれながら、「こんな瓦、二度と使うもんじゃない」と思いながら葺いたいびつで不揃いの瓦が、屋根の上で、心地よい雰囲気を醸し出している・・・そんな屋根に仕上がったことに少しばかり自己満足している。
改めて、面白い仕事に巡り合うことが出来た事に感謝したい。
2012年7月25日              笹原 真二

追伸、 この現場、採算だけで考えればほめられたものではない。それでもこの仕事はやってよかった仕事だ。この経験が必ず活かされる日が来る。現に我々が試行錯誤しながらやっている、あのひどい野地ムラを修正している仕事と根本は全く同じだ。今回は野地ムラでなく、瓦ムラを修正した。

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