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2012/07/05

鈴木姓について

鈴木姓について
先日メロウ倶楽部のみなさんと愛知県西尾市を散策しました。
その時に案内していただいたボランティアの平野 陽三様 (西尾の荘の案内人)に西尾というところはえあらく鈴木さんが多いですね。
と言いましたら
平野さんいわく
「鈴木は全国でも二番目に多い姓ですがここいらも多いですね。
もともと鈴木という姓は熊野本宮から全国に布教するために遣わされた人のことです。
ですから熊野本宮へ鈴木姓の人が行くと何か印をもらえるそうですよ。
と言われました。
そうなのか鈴木さんというのは由緒ある苗字なんだなと思いました。
帰ってから気になるのでインターネットで調べてみました。
オースドックスなのはこれでしょうか?
【解説】
古代の氏族であり、物部の伴造(とものみやつこ)として軍事、
刑罰を担当した物部氏族穂積氏の子孫、現和歌山県と三重県南部である
紀伊国熊野の豪族で熊野神社勧請で広まる。左記のように
紀伊国熊野発祥の族は穂積姓、紀伊国牟婁郡鈴木庄発祥の族は藤原南家がある。
桓武平氏千葉氏流、清和源氏松平氏族、美和下流、駿河龍、雑賀流、泡流、関東流、東北流などがある。
語源は、田の中の穂積みに立てた一本の棒、稲魂招来用で、鈴木氏はその化身とされる。家紋は竹笹、竹に笠、笠、鷹の羽など。
またこんな説明もありました。
全国の鈴木姓のルーツとされる藤代の鈴木氏が住んでいた屋敷です。
平安時代末期ごろ、上皇や法皇の熊野参詣がさかんとなり、熊野の鈴木氏が、藤代に移り住んで、熊野三山への案内役をつとめたり、熊野信仰の普及につとめていました。
なかでも、鈴木三郎重家や亀井六郎重清は有名で、源義経の家来として衣川館での戦で倒れたと伝えられています。また、幼少の頃、牛若丸(源義経の幼名)が熊野往還には必ずこの屋敷に滞在し、山野に遊んだとも伝えられています。屋敷前の庭園は「曲水園」といわれるもので、今も残る貴重な庭園の一つに数えられています。
有名な『ウィキペディア(Wikipedia)』では
鈴木氏は熊野神社の勧進や熊野を基地とする太平洋側の海上交通に乗り、
神官として東日本を中心とした全国へ広まった。信仰が深まった地域には、その地にある大木に鈴を下げ神社の建設が終わるまでの間、信者はその鈴が下がる木を信仰の対象とした。当時その木を鈴木と呼んだ。そして神社が完成したとき、本殿の切妻の下にその鈴を下げた。
現在の神社で見られる本坪鈴はその名残とされ、それが下がる梁木を鈴木と呼ぶ地方もある。
私はこの鈴が下がる木 が鈴木 というのが気に入りましたが
どうやらルーツは 田の中の穂積みに立てた一本の棒 でしょうかね。
どちらにしても立派なお家柄のようですね。

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