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2009/09/06

「はんだ郷土史だより」

いつもある人から 「はんだ郷土史だより」 を贈っていただいています。
ありがたいことです。
この「はんだ郷土史だより」ははんだ郷土史研究会の発刊で隔月1日に発行されていて、今月号は26刊となります。

約5年前から半田市の有志が集まって郷土の歴史を研究しようということになったのだと思います。そして毎月第3日曜日に乙川公民館で「ふるさと講座」という勉強会を開いておられます。まったくのボランティアでまた調査をしておられるのも地元のみなさんが手弁当でやっておられます。どこの町でも出来そうなことですが、ここまでやるのは並大抵のことではありません。

また半田及び知多半島全体を対象とはいえ、埋もれた歴史のなんと多いことでしょう。今まで知らなかったことばかりです。私はまったくの門外漢ですが恐らく地元の方ですら驚きの連続ではないでしょうか?

そのなかの一部をご紹介したいと思います。

◆ トヨタの原点 半田にあり
トヨタ自動車の創始者の豊田佐吉翁が初めて織機を完成させたのはここ半田市乙川です。地元の有力者石川藤八氏の援助を受けて同家に住み込み、また出資も受けて乙川綿布合資会社を作りました。ここ半田から世界のトヨタが誕生したと言っても過言ではありません。

◆ 個人による偉大な社会福祉事業  鴉根・弱者救済所
明治33年から昭和初期にかけて、半田市鴉根に弱者救済所という個人による社会福祉事業が行われていました。45000坪という広大な土地に宿舎や武道場、念仏堂、稲荷神社それに運動場などがありました。主に出獄者や孤児、遊郭を逃げてきた女性などです。ここを作り運営したのは榊原 亀三郎という元侠客です。

◆ 明治天皇と陸海大演習

明治23年3月に日本で最初の陸海軍合同演習が半田市周辺で行われました。そして明治天皇が視察に来られました。大変な豪雨でした。半田市内の豪商の家が宿舎や休憩所に当てられました。数々のエピソードが残っています。
◆ 清水次郎長と乙川
、清水次郎長一家は乙川葭野畷で保下田の久六一統と対決、勝利を収めた。そのときに勝利を祈願したのが光照寺にある地蔵尊です。次郎長の3代目の妻 お蝶さんは乙川にゆかりの人で、次郎長の養女 けん は乙川の人です。

◆ 黒鍬人足について
江戸時代、知多半島では農業をする人より田んぼのほうが少ないために大勢が全国に出稼ぎにいきました。その時に土木用の大きな黒い鍬を持っていったので、黒鍬衆と呼ばれるようになりました。海岸の護岸工事や棚田作り、石垣組みなどを得意としています。

◆ 豪商たちのネットワーク

半田地方にはたくさんの豪商がいましたが、なかでも
成岩・本美家
武豊 三井家、 名古屋 豊田家、 下之一色・森家、
鳴海∵下郷家
の五家の関係は複雑な姻戚関係にあり今もそのネットワークは脈々とつがれています。

このほかにもたくさんの隠れたエピソードがたくさん書かれています。今も調査は続々と続いているのです。
もし読んでみたいという方は下記までお申し込みを
無料ですが送料が必要です。
8ページの新聞です。

「はんだ郷土史だより」
    事務局  西 まさる 編集事務所
         475-0054
         半田市乙川町26

         0569-22-7219
         info@kyodosi-handa.net

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コメント

 はんだ郷土史研究会を応援していただき、ありがとうございます。
 手弁当で懸命に続けている会で、こうしてPRしていただけると本当にありがたく思います。
 今後ともどうぞよろしく、お願いいたします。

投稿: 西まさる | 2009/09/18 13:44

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