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2009/09/15

織田信長サミットが小牧で

織田信長サミット が小牧でありました。9月5日、6日に小牧市の市民会館と小牧山で行われました。

私は5日朝9時から市民会館で午前午後のシンポジウムに参加しました。
午前は小牧城及び城下町の発掘からみた信長の計画を考えるというものでした。
午後は全国から10箇所の信長二ゆかりの市や町が参加してのサミット会議と荒俣 宏氏による講演「信長は先進の文化人だった」でした。
名古屋市が今まで参加してなくて来年から参加するということで河村市長さんがみえてましたが意外でしたね。
名古屋市は信長が生まれた場所なのにね。
大変面白い話をたくさん聞いてきましたがメモを亡くしてしまったので忘却のかなたから若干思い出して書いてみます。

その後 小牧山公園での薪能があり見てきました。
大変に有意義な1日を過ごせました。

◆ 小牧城の発掘調査によってわかったこと

・信長は清州から小牧に城を作って移ってきたこと。
・本格的な城下町を作ったと思われること。
・4年で小牧を捨てて岐阜へ移り住んだこと。
・その後徳川 家康によって再建されました。
・石垣を組んだ始めての城だった。
・瓦が使われてなく城としてはまだ発展途上のものだった。
・大手道が直線で作られておりその後の安土城とそっくりです。

 荒俣 宏氏による講演 「信長は先進の文化人だった」

・街づくりを積極的にやった
   小牧   最初の街づくり
   岐阜   楽市楽座   商業を発展させた 
   安土   本格的な本丸を作った 
        次に大阪に作る予定だった
        大阪城は石山本願寺があったところ
         そのために本願寺を攻めた

最初に鉄で船を作った
   手で漕ぐ船だが  九鬼水軍 に作らせた
   なかなかまっすぐに進まない  漕ぎ手の息が合わないから
   どうしたか  歌舞伎の役者  猿若勘三郎(のちの中村勘三郎)を連れてきて  木遣りを歌わせた  
   勘三郎は木遣りの名手
   それでみんなの息が合って船がまっすぐ動いた。

・安土城を作るとき  織田  信長が自ら木遣りを歌って指揮をした。
   織田  信長は音楽が好きだったのではないか?

・加藤清正も木遣りの名手だった。

   加藤清正は城つくりの名人。
・信長は早くから地球儀を見ていて、地球は丸いことを知っていた。

・織田  信長はキリスト教の宣教師とよく付き合っていた。
 安土城でキリスト教の学校を作ることを許していた。

蘭奢待(らんじゃたい) 

蘭奢待(らんじゃたい)は香木の一種。天下第一の名香と謳われる。天平勝宝5年(753年)に聖武天皇より仁王会の際 盧舎那仏(東大寺大仏)に献じられた。正式名称は黄熟香(おうじゅくこう)で、蘭奢待とはその文字の中に東大寺の名を隠した雅名である。長さ156cm、重さ11.6kgの錐形の香の原木。その香は「古めきしずか」と言われる。

東南アジアで産出される沈香と呼ばれる高級香木で、日本には9世紀頃に中国より伝えられたとされる説が有力である。一説には日本書紀や聖徳太子伝暦の推古3年記述を云う説もある。奈良市の正倉院(元は東大寺の倉庫であったが明治以降は国が管理)の中倉薬物棚に収められており、これまで足利義満、足利義教、足利義政、織田信長、明治天皇らが切り取っている。

名物狩り 

  信長は勲功をした武将にそれまでは土地や金だったのを権威付けした茶碗や茶会を催す権利を与えた。これにお茶の利休を使ったのですね。
金を使わずに部下を使った。

信長って言う人はすごいとは聞いていたけど、本当にすごい人だったのですね。
もっともっと研究する価値があると思います。

12日からはちょうど安土城の映画が封切られてますね。
これも見なくっちゃ

火天の城 

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