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2008/12/21

朝鳥明神  冬至祭

岐阜県揖斐郡揖斐川町上野の朝鳥明神(社がない神社。磐境といって、
岩がご神体として祀られている!)で、この明神さまには太陽神が祀られていて、
毎年冬至の日の早朝から冬至祭がおこなわれます。言い伝えでは1500年前から続くとされる祭りで、日の出を迎えて太陽の力の復活を祈る儀式(「日迎の神事」)が中心です。
これを冬至正月と言うらしいです。

今朝は4時半に起きました。
午前6時に集まって大きな焚き火の前で馬場 喜裕氏 から神社と祭りの謂われを詳しくお聞きしました。

神官による「日迎の神事」がまず行われました。
代々この神社のまつりごとを司ってきたという馬場氏の発声で
「カケッコー  カケッコー  カケッコー 」

大きな声で3回鶏の鳴き声を発声されました。
それから今度は参拝している全員で
「オー 」という驚きの声を発声しました。

これは鶏が鳴いて朝日が昇ったことを知らせるわけです。そして住民がそれを見て「オー」と喜びの声を上げたことを表しているのだそうです。昔は鶏のことをカケと言ったそうです。これは鶏鳴の儀 とも言われています。

その後神官による祝詞の奉納と住民代表の玉串奉天が行われました。

小さな神殿らしきものに巻物が15巻置かれていました。
馬場さんにこれは何ですかと尋ねたら
般若心経だと言われました。昔は全部で600巻のお経がしまってあったらしいのですが南北朝の戦いのときに南朝が攻めてくるということで根尾のお寺に隠したそうです。
それを一部見せていただきました。もう少しきれいに保存できないかと思ったのですが

朝鳥明神の山側の上には
太陽石 という大きな石があります。 注連縄が飾られていました。
この太陽石の後ろに5つの石が横に並んでいます。
右からそれぞれ冬至、立秋、中日、立夏、夏至の日に太陽の光が来ます。石と太陽石を結んだ先に太陽があるということです。
昔の人はこの石で暦を知ったのですね。いや暦をわかっていて石を置いたのでしょう。
それほど大きな石ではありませんから。

ただ現在石の位置は少しずれています。それは濃尾震災で石がずれたからだそうです。

*今回説明をしていただいた馬場氏は代々この神社の祭りを司る 禰宜祝家とのことです。またご本人も考古学を30年研究されてきており、特に朝鳥明神の周辺については30年前から調べてこられたそうです。 かなりのご高齢とお見受けしましたが後継者がいるのか心配です。このお祭りがいつまでも引き継がれていくようお祈り申し上げます。 また地域の住民260戸だそうですが、必ずしも住民との意思疎通がうまく行ってないようにも垣間見れましたのでこの点も今後の課題だと思います。

馬場さんからいただいた資料

「babasan.pdf」をダウンロード

Img_0011Img_0021Img_0029Img_0039Img_0045Img_0048






参考
朝鳥明神
http://www.gix.or.jp/~take/shiseki/shiseki14.htm
Native Heart
http://native.way-nifty.com/native_heart/2005/12/post_c29c.html

岩石祭祀の実例

http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/nihonkokunai4.html

∞音∞ a.k.a. 風*月さんのブログ
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14289936&comm_id=1581098

一緒に参加した金沢の嶋田 進さまが素晴らしいレポートにしていただきました。

2枚のPDFをご覧ください。

一部訂正があります。 朝鳥明神の住所ですが、正しくは 揖斐川町上野字馬瀬口です。

「20-1221simada4.pdf」をダウンロード

「20-1221simada5.pdf」をダウンロード

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