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2008/10/24

四日市「エコまつり」 枝廣 淳子さんと武田教授のディスカッション

先週の日曜日 四日市青年会議所主催の四日市「エコまつり」が行われました。

午前中はジョンギャスライトさんのトークショーを聞いたり企業の出展を見て回ったりしていました。

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午後はメインイベントのパネルディスカッションです。私も録音をして聞きなおしながら報告書を作っていましたが、今日枝廣 淳子様のメールマガジンで彼女と武田教授の発言をほぼ正確に再現されたものを送っていただきました。 ご許可を得てここに添付させていただきます。 これを読まれた方は両者のそれぞれの見方からの意見を聞いて自分ならどう思うか  どうすればいいのかを考えていただきたいと思います。

とても考えさせられるパネルディスカッションでした。以下は枝廣 淳子様のレポートです。

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枝廣 淳子様の報告書

     No. 1551 (2008.10.24)

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この間の日曜日、四日市青年会議所主催のパネル・ディスカションで、『環境問
題はなぜウソがまかり通るのか』をお書きになった中部大学 の武田邦彦先生とご
一緒しました。お会いするのも今回が初めてでした。

パネル・ディスカションは、武田先生と私のほか、三重県の小山環境森林部長
ブログミーツカンパニーの広田奈津子さん四日市JCの理事長の5人でしたが、
主催者側には「エダヒロサンと武田先生が、温暖化をめぐって、バトルを始める
のではないか……」と心配する声もあったようです。私もどんな展開になるのか、
わくわくしながら(コワイもの見たさ? ^^;) 壇上に上がったのでした。

控え室でメールニュースへの掲載について武田先生にお聞きしたところ、「僕は
オープン主義ですから、何でも出してもらっていいですよ」とご快諾をいただき
ました。私と武田先生の発言部分を何回かに分けてご紹介します。

まずは、冒頭10分ずつ、私と武田先生がお話しした部分です。

~~~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~~

枝廣 
ありがとうございます。皆さん、こんにちは。環境ジャーナリストという肩書き
はついていますが、通訳をやったり、翻訳をやったり、講演をしたり、いろいろ
な活動をしています。それから日本の情報を世界に発信するNGOの共同代表と
しても活動しています。

温暖化とのかかわりで言うと、おそらく皆さんがいちばんよく知ってくださって
いるのは、アル・ゴアさんが書かれた『不都合な真実』の翻訳を私が担当したこ
とかと思います。そういった点から温暖化関係のいろいろな場面に呼んでいただ
いたり、今度の月曜日に初めて麻生総理のもとで開かれるんですが、首相直轄の
「地球温暖化問題に関する懇談会」に、市民代表というような立場なのかと思い
ますが、産業界や大学の先生方と混ざって、参加しています。

温暖化について、このあと時間をいただいているので、そちらで話をしますが、
一言だけ話をしたいと思います。私の知り合いに「環境問題は関係問題なんだ」
と言っている人がいるのですが、本当にそうだなと思っています。

温暖化をはじめとする環境問題は、私たち人間とさまざまなものとの関係性の問
題なのだと思います。人間と地球との関係、私たち同士の関係、それから自分と
自分の心の関係--いろいろな関係性の問題が、ひとつの症状としての「温暖化」
となって表れているんじゃないかと思います。

そういう点で、温暖化を切り口に、本当に関係性をちゃんと考えていこう、そう
いうきっかけになればと思って活動しています。

お話を始める前に、ちょっと皆さんに質問をしてみようと思います。「温暖化は
問題だ。何とかしなきゃいけない」と思っていらっしゃる方、どれくらいいらっ
しゃるでしょうか? ――ありがとうございます。では、日本でもいま、いろん
な取り組みが進んでいますが、「まだまだ足りない。もっと加速しないといけな
いんじゃないか」と思っていらっしゃる方はどれぐらいいらっしゃるでしょうか?
 ――勢いよく手が挙がりました。ありがとうございます。

私は活動の中で、あちこちで一般の方や企業の方にお話をする機会も多いのです
が、大きな変化を感じています。5、6年前だと、環境の講演会をしても、ほと
んど人が集まらなかった。動員をかけないと集まりませんでしたが、最近は市民
向けでも企業向けでも、講演会で立ち見が出るぐらい、たくさんの方が関心を持っ
ていらっしゃる。おそらく今日も、関心の強い方々がいらしているんだと思いま
す。

「温暖化の問題があるかないか」という議論は、おそらくもう過ぎていて、「じゃ
あ、何をしたらいいんだろう?」という議論に入りつつあります。でも、それが
なかなかわからない。たとえばマイバックを持つとか、マイ箸を持つとか、そう
いうことを地道にやっているけれど、でもそれで本当にホッキョクグマが助けら
れるの? 温暖化が止まるの? という思いの方が増えているなと思います。

今日、最初の時間は10分しかないので、詳しく話ができないのですが、今、温暖
化が進行しているといわれており、実際にこの100年で0.74℃温度が上がってい
ます。世界の多くの科学者は、「2℃上がるとかなり大きなリスクが出てくる」
と言っています。ですからヨーロッパあたりでは、2℃を超えないようにするに
はどうしたらいいか、という議論をかなり真剣にやっています。

2℃上がると、かなり大きな変化が出る。しかし、すでに、その3分の1にあた
る、0.74℃上がっている。その影響があちこちに出てきているのは、皆さんも感
じていらっしゃると思います。「何か季節がずれてきたな」とか、「暑い日が続
いているな」とか。年による気候の変動があるので、今年夏が暑かったからといっ
て、それが温暖化だとは言えないのですが、全体的な傾向として、やはり年平均
の気温が、昔よりもこの10年、かなり高くなっている。気温上昇の加速が見られ
ます。

その結果として、たとえばこれはよくニュースにもなりますが、北極海の氷が溶
けている。今年の夏も、史上2番目の小ささまで、北極海の海氷が溶けてしまい
ました。そうすると、「北極海の下にある石油が採れる」と言って、虎視眈々と
動いている国々もあります。

昔は氷の下だったから採れなかった。でも、氷が溶けてきたら採れる。でも誰も、
そこで採れるかもしれない石油を、「未来のために残しておこう」という話はし
ていないんですね。どこが先に採るか、という話をしている。それも先ほど言っ
た関係性の問題、自分たちと未来世代との関係性の問題がそこにもあるなと思い
ます。

あと、熱中症の患者数や死亡者数も増えている。マラリアなど、熱帯にしかない
病気がだんだん北上している。農作物にも影響が出ていて、日本のお米も、九州
あたりだとかなり等級が悪化しています。農作物は、いまちょうどいい気候の所
でつくっているんですね。でも、気温が上がると、ちょうどよくなくなってしま
うので、収穫量が減ったり、上手にできなくなったりします。いろいろな影響が
出ている。

じゃあ、どうしたら温暖化が止まるのか。こまめにいろいろやること、6%削減
も大事だけど、本当に温暖化を止めるにはどうしたらいいかと言うと、答えは非
常にシンプルです。

私たち人間が出す二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスを、地球が吸収できる
量まで下げればいいんですね。地球は毎年毎年、森林、海などが二酸化炭素を吸
収しています。その吸収できる量の範囲内で私たちが出していれば、大気中に残
りませんから、温暖化は起こらない。

ちなみに数字を言うと――いまの数字なので、また変わっていきますが、いま地
球が1年間に吸収している二酸化炭素は、炭素換算の数字で31億トンといわれて
います。それに対して、われわれ人間が化石燃料を燃やすことで出しているのは
72億トン。つまり半分以上は吸収できなくて、大気中に残ってしまう。それが温
暖化の原因となっています。

温暖化を進めるのはCO2だけではないですが、日本の場合ほとんど、95%がC
O2なので、ここでは二酸化炭素ということで話を進めさせていただきます。

では、72億トン出しているのを31億トン以下にするには、どうしたらいいか。実
際には、出す量を減らしていくと吸収できる量も減っていくので、いつまでたっ
ても31億を目指せばいいのではなくて、もっともっと減らしていく必要がありま
す。けれど、当面の目標として72億トンを31億トン以下にするには、6%削減で
はなく、60%、70%という削減になります。

それをこの1、2年、各国政府が、科学者が言っていたことを、やっと政治の世
界にも反映するようになった。

たとえばフランスは、2050年までに75%削減するという目標を立てています。イ
ギリスは、つい先日まで60%削減するという目標だったのですが、2、3日前、
新しい目標を発表して、それを80%に引き上げました。
(注:詳しくは、日刊温暖化新聞のこちらの記事をどうぞ!
http://daily-ondanka.com/news/2008/20081019_1.html )

アメリカのブッシュ大統領は全然動きませんが、次の大統領候補は、どちらが選
ばれたとしても、70~80%減らすという数字を出している。日本も福田ビジョン
で2050年までに60~80%削減するという数字を出しました。

これは、それができるかどうか、どうやってやるかがわかっているのか、ではな
くて、そうしないと温暖化は止まらないという、言ってみればバックキャスティ
ングの形で目標を決めている。そうして目標を決めてから、実際にどのように実
現するかということになってきます。

実際に、そうやって各国が動き始めていますが、CO2が減ってきたかと言うと、
残念ながら減っていません。最新の数字では、72億トンどころではなくて84億ト
ンに増えている、というデータも出ています。ですから、なかなかまだ減ってい
ない。

しかし減り始めている国もあります。ヨーロッパで言えばドイツ、スウェーデン。
こういった国は、一人当たりにしても、国全体の総量にしても減り始めている。
しかし日本はまだまだ増えている。そういう状況です。

温暖化が前半のテーマなので、温暖化の話をしましたが、私は、温暖化は実は問
題ではないと思っています。「温暖化は問題ではない」と言うと、何を話しに来
たんだろうと思われるかもしれません。

私は、温暖化は問題ではなくて、より根源的な問題のひとつの症状にすぎないと、
思っているのです。温暖化が問題なわけではなくて、もっと深い問題がある。そ
のひとつの症状が温暖化という形で出ているのだと、私は理解しています。

そのより深い問題とは、有限の地球の上で無限の成長を続けようとしていること
です。地球は46億年前にできてから、ひとつも大きさは変わっていない。ひとつ
だって新しい資源が生まれているわけではない。外から入ってくるのは太陽光だ
けです。

でも、その地球の上で人の数はどんどん増え、経済がどんどん大きくなって、もっ
ともっとそれを成長させようとしている。もう地球が支えきれなくなっている。
地球の限界を超えてしまった。これが根源的な問題だと理解しています。

つまり、「地球が吸収できる二酸化炭素の量」という限界を超えてしまったから、
温暖化という症状が起きている。ですから、魔法の杖で温暖化という問題を消し
たとしても、根源的な成長という問題を考え直さない限り、同じような問題がきっ
と起こるであろうというふうに思っています。

実際に、いまの人間活動を支えるために、地球は1個では足りない。1.4個必要
だというデータもあります。つまり私たちと地球との関係性をもう一度考え直さ
ないといけない。科学の力、技術の力で時間稼ぎはできるでしょうけれど、本当
の意味で、温暖化をはじめとするさまざまな問題は、科学技術だけでは解決でき
ないだろうと思っています。

温暖化の議論にはいろいろあります。どの時代にも、どういったテーマであって
も、みんなが同じ意見を言うのではなくて、もちろん違う意見を言う人たちがさ
まざまにいらっしゃいます。今日、そういう意味で、武田先生とご一緒できるの
を、今回初めてですが、わくわくドキドキという感じで来ているんですが。

大事なことは――これは控室でお話を伺っていて、多分、武田先生も同じように
思われていると思いますが、大事なことは、こういった議論を通じて、「一人ひ
とりが考える力を持つこと」だと思います。誰かが言うから、お上が言うから、
テレビが言うから、みのもんたさんが言うから、ではなくて、じゃあ私はどう考
えるということを、一人ひとりが考える。そういうきっかけにならないといけな
いと思っています。

私は講演で温暖化の話をよくしますが、よく質問のときに、「でも温暖化なんか
起こっていない。人間のせいじゃないと言っている、こういう学者の先生がいま
す」という反論というか、質問が来ます。そのときは、私がどう考えるかしか、
お話しできないのですが、このようにお話ししています。

もしかしたら温暖化懐疑論者の意見が正しいかもしれない。じゃあその場合、私
たちが失うものは何だろう? そういうふうに考えます。もし、懐疑論者が正し
いと思って温暖化対策をしなくて、でも本当は温暖化があったとしたら、私たち
が失うものは何だろう。そのリスクをどう評価するかだと思います。

もし、「懐疑論者は正しい。温暖化なんかない。だから何もしなくていい」と思っ
て、本当に温暖化があったら、取り返しのつかないことになります。未来世代に
対する責任をどうするんだという話になる。もし懐疑論者が正しかったら、温暖
化対策をいっぱいやったのに、でも本当は温暖化がなかったということだったと
して、失うものは何でしょう?

先ほど言ったように、温暖化はひとつの症状だと思っています。もっと私たちに
近い問題で言うと、エネルギーをどうするかということだと思うんですね。二酸
化炭素のほとんどはエネルギーから出ています。ですから、私たちのエネルギー
の使い方や、どういったエネルギーをどれくらい使うのか。それを考え直す必要
がある。

そういった観点で温暖化を考えれば、もしCO2が温暖化を起こしていないにし
ても、特に日本の場合で言えば、もう枯渇することがわかっている化石燃料にこ
れだけ頼って、それも遠くから運んできて、そして日本の中にある自然エネルギー
をなかなか使わない--それをずっと続けるのがいいとは思わないんですね。

温暖化の議論では、エネルギーの自給自足を高めよう、化石燃料ではなくて自然
エネルギーに切り替えていこうという動きが、ほとんどイコールで起こるはずで
す。そうしないと温暖化は止まらないので。そうしたら、エネルギーの安全保障
が高まる。食べ物だって、遠くでつくって運んでくるんじゃなくて、日本の中で
地産地消を進める。温暖化対策としてそれを進めれば、たとえ温暖化が起こって
いなくても、私は失うものより得るものが多いんじゃないかと思っています。
(注:この議論については、こちらに図も含め、詳しく書いています。
http://daily-ondanka.com/changeagent/qa_index.html )

私はそのような整理をして考えているんですが、一人ひとりが自分の軸を持って、
いろんな意見がある、でもその中で自分はどう考えるか。

大事なことは、ひとつの意見を決めたら変えちゃいけないということではない、
ということです。私も意見をいつ変えるかわかりません。だって、そのときその
ときで、新しくいろんなことがわかってきますよね。そのときに柔軟に、これま
でこう考えていたけど、こういうことがわかったから、じゃあ、こういうふうに
スタンスを変える。行動を変える。柔軟に一人ひとりが意見や考えをつくってい
くというのか、進展させていく。

そのきっかけに、この温暖化の議論がなれば、と思っています。大げさな言い方
ですけれど、人類の進化というか、日本の本当の民主主義というか、そのために
も温暖化の問題が役に立つんじゃないかなと思っています。

====================================

武田先生 
私はいつも少数派なので。結論は、私は科学者として考えたときには、まず第一
にCO2は温暖化の原因ではないと考えています。何かと言われれば、宇宙線と
水かな、くらいに思っています。これは学者によって見解が違いますから、私の
考えが正しいというわけではなくて、私はそう思っています。

もうひとつは、温暖化するといいことが増えるというのが、僕の考えです。三重
県なんか、いいことばかりです。大体、温暖な地方に行くということはいいこと
を意味していまして、寒冷な地方に行くというのは嫌なのが普通ですが。ここま
で洗脳されると、多くの人は温暖化って恐ろしいように思うんですが、ちょっと
10年ぐらい前を考えたら、暖かくなるというのはいいことで、別段それほどひど
いことではないと思っています。

それから私は、日本政府もそう思っていると思います。麻生さんも違う委員会を
つくるみたいですが。なぜかと言うと、京都議定書というCO2の削減を約束し
たあと、国際的な条約を結んだあと、日本政府と産業界、経団連は密約を交わし
ました。いまから5年くらい前ですね。非常に激しい密約です。要するに、CO
2を削減するには産業界の協力がなくてはできないが、日本政府は産業界にCO
2の削減を求めないと。そういう密約をしました。それで国民にだけするという
ことになりました。

それで皆さんに呼びかけたので、多くの人は、われわれがひとつでも頑張ってC
O2を減らさなくてはいけないんだなと思っていますが、何で日本のCO2が
1990年を基準にすると14%増えたのか。日本政府は、次から次から、リサイクル
だ、レジ袋だ、クールビズだと言ってCO2対策を出してくる。

先ほど手を挙げられたように、多くの国民はそれに協力してきた。にもかかわら
ず、日本のCO2がどんどん増えているのはなぜかと言うと、政府にやる気がな
いからです。政府がいまやっている政策は、CO2が減らない政策を、CO2が
減るとして言っているんです。それは意味がないからです。と、政府が思ってい
る以外ないんです。

世界を見ますと、この前、あるテレビ番組で、女性アナウンサーが、僕が「CO
2なんか関係ないよ」とか、「温暖化はいいことばかりだ」と言ったら、「先生、
そんなこと言っていいんですか? 世界の人たちがみんなCO2を減らそうとし
ているのに」と言ったから、僕は、「大変に失礼ですが、あなたの言う世界って、
どこですか?」と。

いま、世界でいちばん出しているのはアメリカ、2番目中国。北アメリカ、南ア
メリカ、アジア、アフリカ、ロシア、世界のほとんどの国はCO2を制限してい
ません。わずかにヨーロッパでも――ヨーロッパというと、何か最近は、ドイツ
というと世界という感じですが、ドイツとスウェーデンとイギリスとフランスぐ
らいです。あそこ辺だけが言っているんです。

理由はいろいろあって、北海の沿岸であるとか、環境で世界的に特別な所にある
とか、日本で言うと滋賀県みたいなものですから、ちょっと真剣にならざるを得
ないところがあるんです。温暖化というと、あそこはメキシコ海流が変わって、
もしかするとひどい被害を受ける可能性があるんです。だから、自分たちのため
に頑張るというのはわかるんだけど、ほかの国は知らん顔しているんです。だか
らわれわれが「世界」と言うときに、世界というのはどこなのかということです。

なぜこれを言うかと言うと、僕は戦争のことがすごく気になっているんです。前
の戦争のときに、日本人は310万人死んだんです。広島、長崎の原爆、名古屋の
空襲もみんなそうですが、幼い子どもたちが死んだんです。なぜ死んだかと言っ
たら、大人が判断を間違ったからです。なぜ日本の大人が、そのころ判断を間違っ
たか。

僕はそのころ大人だったら、召集令状が来たら突撃して死にますよ。大人だから
しょうがないですけど。だけど子どもに巻き添えをくわしちゃいけないんです。
大人が間違ってはいけないんです。

なぜいま温暖化で、僕が間違っていると思うかと言うと、それは政府とかマスコ
ミが出す情報がみんな違う。密約、絶対に言わなかったです。それから世界の中
で、温暖化をやっている国はヨーロッパの片隅だけだということも、絶対言わな
かったんです。

私、一回テレビで言ったら、役所の出身の人が、「そんなこと、先生、国民に言っ
ちゃだめですよ」と言ったんです。だから、民主主義なんだから。考えるのは国
民なんだから。

太平洋戦争の前のときに、日本はドイツと組んでいた。ヒトラーと組んでいたん
だから。考えられないですけど、なぜヒトラーと組んでいたかといったら、ヒト
ラーがユダヤ人を殺していることも絶対に言わない。ヒトラーは『我が闘争』と
いう本の中で、日本人のことを「イエロー・モンキー」、黄色いサルと呼んだん
ですね。それを翻訳するときに、翻訳家が取ってしまったんです。で、ドイツと
連盟を結んで戦って、多くの子どもたちが輝かしい人生を失ったんです。いまも、
環境ではまったく同じことが行われています。

この前、名古屋の南のほうの講演会に行きました。環境の講演会をする。そした
ら、僕の出る前に、小学校の体育館みたいな舞台で、小学生が手をつないで、
「私たちに何ができますか」って踊っているんです。僕、ぞっとしました。子ど
もたちに、そんなことをさせなくていいんだ。子どもたちには、自然の成り立ち
とか、自然と生き物の関係とか、そういうのを教えるのは大変に重要です。

これを戦争の前で言えば、日本がアメリカと戦争するときに、アメリカ人は鬼だ
と思わないと僕らは突撃できないから、それでいいんですけど。大人にはね。だ
けど子どもたちにはやはり、どうせ戦争はそのうち終わるんだから、アメリカの
文化とか、そういうのを教えるべきなんです。ですから子どもを巻き込んではい
けないんです。だから、子どもを巻き込んで、こんなことをして、本当にかわい
そうにと思いました。

僕みたいな人がいるんです、実は科学者で。温暖化はCO2ではないということ
と、CO2というのは、生物が成育する上でどうしても必要なもので、恐竜の時
代か何か見ると5分の1になっていますから。これを回復するというのは――こ
れをお話しすると、皆さん全然違うから、「この先生、何を言っているのかな」
と思うかもしれないけれども、いまは恐竜の生きていたような生物がさかんに生
きていて、いまは非常に寒い第2氷河時代で、本当に生物は、先ほど話があった
ように、熱帯雨林ぐらいしかだめなんです。もうちょっと暖かくならないといけ
ないですね、生物のためを考えれば。

人間が環境に対してできる唯一のことは、CO2を増やすことです。コントロー
ルはしなきゃいけませんが、どうやってCO2を増やしながらほかの生物と共存
できる社会をつくっていくか、というのが私が考えていることであります。だい
ぶ違いますけど。

それから、四日市という点を考えたら、日本の先駆的なコンビナートとして、い
ろんな環境問題を起こし、それを克服して、いまは四日市に来て汚れている町と
は見えません。そういうのは克服してきましたから。何で克服してきたかと言う
と、われわれの努力で克服してきました。

いまやるべきことは、地球環境のためにレジ袋を我慢するんじゃなくて、レジ袋
みたいなモノに焦点を合わせるのではなくて、心を豊かにすることによって、そ
の結果としてモノが減る。そのような行政なり国策をやってもらいたいと思いま
す。

私は「愛用品の五原則」というのを書いていまして、これは国語の教科書に採用
されたりしていますが、私の愛用品の五原則というのは、モノを磨くとか、磨き
がいがあるとか、故障しても自分で直せるとかいうことを書いているわけです。
僕の教科書に対して、受験などの模範解答は、「モノを大切にしろと著者は言っ
ている」というふうに言うんですけれども、私は違うんです。私は、自分の愛す
るもので囲まれた生活をすることによって、その結果としてモノが減る。モノを
減らそうと思っちゃだめだと。

地球温暖化を退治しようと思っちゃだめだというのが、僕の考えです。レジ袋を
持っていく人を非難なんかしてはいけないんです。あれは便利なものだから、ど
んどん持っていきなさい。ただ、私たち全体の生活は、どういう生活が望みなん
ですかと問いかける。

たとえば、この前、建築家協会という所に行って講演したら、建築家協会のほう
もエコがはやりで、これもエコ祭りとか言っているんですが、こういうのが多く
て、何でもエコとつければいいかと思ってつけるんですけど。そう言っては青年
会議所に申し訳ないですが、自由に発言させてもらって。

で、エコ住宅ってあるんです。エコ住宅大賞というのがあって、「こういうので
すけど、先生どうですか?」と言うから、「人間はエコのために生きているんじゃ
ない」と言ったんです。エコ住宅をつくる人は、大変に失礼ながら、自分の人生
でどういう住宅に住みたいかがわからないんです。わからないから、エコ住宅に
住むんです。人間はエコのために生きるんじゃなくて、生きている結果、エコに
ならなくちゃいけない。順序が違うんです。

だから、政府とか自治体がやるべきことは、市民が「ああ、いい人生だったな」
と思うようなまちづくりなり道をつくることであって、直接的にレジ袋を退治し
たって何の意味もない。あれは石油を増やしますからね。四日市は石油産業がい
いから、エコバックが通用すると石油の消費量が増えるからいいかもしれないけ
ど、そういうひねくれたことをやらずに、正面から、私たちの生活は本当にこれ
でいいんだろうか。四日市はせっかくきれいになって、これから豊かな人生を送
るわけです。豊かな人生を送るのに、辛抱する必要はないです。

日本人は、GDP当たり、世界でいちばん低いんですから。世界の中でいちばん
低い国なんです。いちばん低い国がさらに減らそうとすると、今度はつらい思い
になっちゃうんです。もう人生をやめて、全部死んだほうがいいんです。

そうではなくて、もっと日本人にプライドを持って。何しろ日本人がいちばん節
約しているんですから。数字が必要だった、僕はいつでも、「アメリカ人の何倍」
とか言いますから。大体、ヨーロッパとか、そういう所のまねをするというのは、
優等生が劣等生のまねをするみたいなもので、よくないんです。

だからアメリカの人たちはばかだから、ヨーロッパもばかで、こんなに使ってい
るんだから、日本を少し見習いなさいと。いまの日本を見習いなさいというよう
なことだと、私は思っています。以上です。

   No. 1552 (2008.10.24)

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(前号からのつづきです)

枝廣 
私は日本の中だけではなくて、世界のほかの国に出て会議に参加したり、いろん
なネットワークに参加して、意見交換をする機会が多いですが、そういうときに
思うのは、日本はすごくまじめで、温暖化というと温暖化だけ、みたいな。温暖
化一色。

たとえば、このあいだスウェーデンに取材に行ったときに、スウェーデンでいち
ばん温暖化対策が進んでいる都市という表彰を受けた都市に行きました。トロル
ハッタンという小さな町でしたが、そこで担当の人に「CO2どれぐらいですか?
 何をやってどれぐらい減らしたんですか?」と取材しても、全然答えが返って
こないんですね。

彼らが一生懸命やっていたのは、エネルギーを替えるということです。その結果
としてCO2はだいぶ減っているのは間違いないんですが、それは温暖化がどう
とか、ホッキョクグマがどうというよりも、自分たちの国の安全保障を考えたと
きに、ロシアのエネルギーに頼っていては危ない、だから、自分たちの国でエネ
ルギーを自給自足できる仕組みをつくろう、と。

それで輸入の石油や天然ガスから、スウェーデンの場合はバイオマスですが、森
林を活かしたエネルギー転換をして、その結果として、GDPは44%増やしつつ、
同時にCO2は8.7%減らしています。温暖化対策としてそれだけでやっていた
わけではないとことをあちこちで感じます。

そういう意味で言うと、多分、武田先生が感じていらっしゃる反発というか、
「温暖化」と言ったら、それが水戸黄門の印籠のように、みんなが「ハハー」と
言って言うことを聞かなきゃいけないような扱われ方をしている。それは、そう
いう出し方をする政府が悪いのか? 政府にそれほどの力があるとは思えないん
ですが、ただ、そういうふうに受け入れてしまう私たちのまじめさというか、そ
れもあるんだろうなと思っています。

武田先生のお話で、私が認識している現状とちょっと違うなと思ったことがあり
ます。「温暖化をやっているのは、日本や一部のヨーロッパの国だけですよ」と
いう、かなり極端なお話だったと思いますが、ここ半年、1年、大きく変わって
きたのは、途上国を含め、やっぱり自分たちで、少なくともできるところからや
らなきゃいけないという動きは広がっています。

インドネシアでも、発電所から出るCO2は減らすという目標を決めましたし、
南アでも化石燃料の発電所、石炭火力の対策を進めていますし、中国もおそらく
、量で言えば日本以上にCO2を減らしています。ですから、ほかの国が何もやっ
ていないわけではないということは、皆さんにもお伝えしておきたいと思います。

その上で賛同できるというか、私もそうだと思うのは、「これまで日本のCO2
が減っていないのは、政府にやる気がないからだ」とおっしゃったわけですが、
私もそうだと思います。本当に減らそうと思ったら、こまめに省エネを呼びかけ
るよりも、エネルギー転換を図るしかないんです。

確かに民間、私たち家庭部門からのCO2は、残念ながらかなり増えているので
すが、なぜ増えているかという要因を分析すると、私たちの家庭が1軒当たりに
使うエネルギー消費量が増えたという原因よりも、排出原単位というんですが、
1キロワット時の電気をつくるときにどれだけCO2を出しているか、その悪化
のほうが大きな原因になっています。半分以上はそちらの原因です。

それは私たちがコントロールできるものではないんですね。電力会社がどういう
原料を使って発電するかで決まってしまいます。原発が止まり、石油の値段が上
がりということで、いま日本では、石炭火力への移行が――これは先進国でほと
んど日本しかないんですが――増えています。石炭火力が増えれば、当然CO2
の原単位は悪化します。ですから、私たちがどんなにこまめに省エネしても、エ
ネルギーの消費量が減ったとしても、排出原単位が悪化すればCO2は増える。

私が一緒に活動している人たちにも、政府の国民大運動的なキャンペーンは、啓
発としてはいいけれど、実効性はないと思っている人がけっこういます。それを
きっかけに、みんなが行動を変えたり、考えを変えたりする。その啓発としての
意味はもちろん大きいですが、みんなで省エネ、たとえばみんながレジ袋をやめ
たとしても、日本のCO2は0.2%しか減らないというデータがあるように、
「じゃあ、レジ袋をやめたら温暖化が止まるんだね」ということには全然ならな
いんですね。そういう政府の国民大運動的な呼びかけは、「まるで竹やりで戦争
しようとしているようなものだ」と、私の友人はよく言います。

ですから、啓発としての意味と実効性を伴う削減を、両方やっていかないといけ
ない。政府はこれまで啓発ばかりやってきた。それは、先ほど武田先生がおっしゃっ
た「産業界には負担をかけません」という密約があったというその影響もありま
すが、ただ、これからはそうも言っていられないので、産業界も負担する形で変
わっていかざるを得ない。そのときに大きな鍵を握っているのがエネルギー転換
だろうと思っています。

もうひとつだけ、先ほどコーディネーターの方がおっしゃったことにひと言。武
田先生は違う意見だと思いますが、温暖化が起こっているということと、その温
暖化を起こしているのは人間の出しているものが原因だということに関しては、
少なくても世界の温暖化に関する研究者が集まっているIPCC――武田先生は
その研究者の選び方も偏っているときっとおっしゃると思いますが――、そのI
PCCでは、間違いなくその可能性がかなり高いと、前の報告書よりも今回の最
新の報告書では、確信度を強めた言い方で言っています。

なので、2,000人、3,000人の科学者がそう言っており、一方で、そうではないと
言う人もいる。そのときにどう判断するかは、きっと一人ひとりの判断になると
思います。

もうひとつ最後に、リサイクルは無駄だという意見、もしくは温暖化対策の活動
が無駄だという意見があると思いますが、そういうときに考えないといけないの
は、「直接影響」と「間接影響」の両方です。たとえば「レジ袋を使わないこと
で、直接どれぐらいCO2が減るわけ?」というのが直接影響ですね。「リサイ
クルすることで、どれくらい資源の消費が減るわけ?」というのが……

武田 
増えるんですね。

枝廣 
私は減ると思っていますが、確かに、増える場面もあるでしょう。そうしたとき
に、「実際に直接増えたの? 減ったの?」というところと、そういう活動をす
ることで人々の意識が変わったり、価値観が変わったりすることでの間接的な影
響がありますよね。

なので、リサイクルそのものを見たら、モノによっては、おそらく直接的には、
武田先生がおっしゃるように資源消費量が増えてしまうかもしれません。けれど
も、その悪化を勘案したとしても、それをやることで、みんなのモノとの関係性
を見つめ直すきっかけになり、それが価値観や、生き方や、ほかの場面でも、さ
まざまな変化につながったとしたら、その場面だけ切り出すと確かに増えている
かもしれないけど、全体としては減るということも、私はあると思っています。
環境教育は、間接影響をいかに大きくするかというのが大事な部分ですが。

特に研究者の方は、「直接影響」を主におっしゃることが多い。自分の分野です
ので。武田先生もご専門は材料だとおっしゃっていました。でもそのときに、社
会にいる私たちは、直接の影響だけではなく、それをやること、やらないことの
間接的な影響についても併せて考えていく必要があると思っています。

最後に、武田先生にお答えいただければお聞きしたいのですが、私は企業でもい
ろいろ講演などして、「これからこういった温暖化への取り組みを考えていかな
いといけない」という話をするんですが、そうすると経営者の方が、机の中から
ゴソゴソと武田先生の本をお出しになって、「いや、でも温暖化は起こってない
と言っていますから、何もやらなくていいんですよと」と。よくあちこちで言わ
れます。

おそらく、そうやって「何もやらなくていい」と、そこで思考停止することを求
めて書かれているのではないと思うんですね。なので、本当に武田先生が求めて
いらっしゃるのは何なのか。どういったことを望んで、このような挑発的な、み
んなに議論を巻き起こすような言動をされているのか。

たぶん、スタンスというか、立場は違っても、求めているものは重なっていると
ころが多いんじゃないかとは思っているんですが、どうも私が会う経営者の人た
ちには、武田先生の本によって、残念なことに「もう何もやらなくていい」と思
考停止になってしまっている例が多いので、そのあたり、もしお答えいただける
のであれば、コメントいただけるとうれしいです。

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武田 
僕は、とても明るい未来と。楽観的な性質なのかもしれませんが、学者の中でも
悲観的でおっちょこちょいという人たちがいて、その人はまじめに温暖化を心配
したりしちゃうんですね。割合と心配性で、何か、「これはこのままこうなった
らどうしよう」と思う人たちがいるんですね。その人たちは、悪気じゃないんだ
けど、温暖化を心配しているんですね。

これは性格の問題もあるかもしれないけど、僕なんかは割合と明るくて、どうせ
子どもたちはもっとやるから大丈夫だと。そういうのもちょっとあって、いろい
ろ意見が分かれるということがあるので。必ずしも、未来のことなので、われわ
れが本当に科学的に全部詰めてわかるかと言ったら、実はわからないので、それ
ぞれの人の性格とか、データの見方によっても大きく変わってくるということも
あります。

いま、枝廣先生からの質問というか、宿題という感じになったんですが、私が心
配しているのは2つあります。1つは、子どもたちの影響です。これは日経新聞
が、小学校の校長先生と企業のトップと組んで、子どもたちへの環境教育を始め
たわけです。それで、新聞にはこう書いてあったんです。「地球が温暖化して、
南極の氷が溶けて、海水面が上がって、ツバルが沈んでいるという映像を子ども
たちに説明したら、青ざめていた」と書いてあったんです。

僕は、それをやっていた学校のリストが日経新聞に載っていたから、全部の部校
長先生と企業の社長に手紙を出したんです。「気持ちはわかる」と。「温暖化を
食い止めようという気持ちはわかる。気持ちはわかるけど、4つもウソをついて
いいのか」と。

南極はいま、温度が下がっているんです。これは非常にわかりくいですけど。I
PCCは――枝廣さんは先鋭なほうじゃないからあれだけど、IPCCの報告書
は、「南極は気温が変わっていない」と書いてあるんです。「雪も変化していな
い」と書いてある。IPCCの第4次報告ね。「将来、南極が暖かくなることが
あったら、氷は増える」と書いてあるんです。これはIPCCの正式報告書。

それに反して、南極は温暖化して海面が……。海水面なんか上がっていないです
から、ツバルなんか。ツバルは沈んでもいないから。ウソを4つも積み重ねて、
子どもたちにウソを教える。

環境問題というのは、僕なんかじいさんなんだから、すぐ死んじゃうんだから、
関係ないんです。僕らの孫に関係がある。「孫に関係があることを、孫にウソつ
いちゃいけない」と言っているんです。孫には本当のことを言って、僕らより孫
のほうが頭がいいと考えなきゃいけないんです。そのためには、孫に誤った印象
を与えてはいけない。

僕の大学の学生なんかも、最近プラスチック・リサイクルをやめていって、東京
都もやめましたが、「僕がプラスチック・リサイクルが環境にいいと思ったのは、
小学校の先生がリサイクル工場連れていってくれたからだ」と言うんです。こん
な素晴らしいものができるんだったら……。あのころ、ウソで背広とか見せてい
たんです。

この前、日本テレビで、放送を見られた人いるでしょうけど、環境大臣が環境省
のショーケースの中から出してきたリサイクル品が石油からつくったもので、リ
サイクル品と関係なかったですよね。そういうウソを塗り固めて、日本の未来を
つくっていくというのに、僕はものすごく反対です。温暖化もそうです。これが
1つあります。

もう1つは、僕の個人的趣味だから、この青年会議所にせっかくこういう場所を
つくってもらって、恐縮かもしれませんが、日本人の家畜化です。家畜化ってひ
どいもので、おなかの周りを測って85センチ以上はだめだとか。そしたら大相撲
はやめてくれと言いたくなるんです。大相撲だけ特殊だって、僕も特殊だからね。
だから、僕のおなかもちゃんと認めてくれというわけです。

何やらシンドローム。英語で言うとき、みんな怪しいんです。焼却のことを最近、
サーマル・リサイクルと英語で言うようになった。英語で言ったら全部だめです。
それからレジ袋追放でしょ。僕らの生活って、全部縛られちゃうんです。

それでリサイクル、枝廣さんが言われたのは確かにそうなんだけど、動機づけと
いうか。あれに5,000億円も税金をかけているんです。今度、温暖化に3兆2,000
億円です。皆さんに一人当たり税金を1年3万円使うんです。それは3万ぐらい
まあいいと。お金があるからいいと言うかもしれないですよ。

だけど、1万人の人がもらっているんです。リサイクルを。一人当たり、今まで
もらった金が5億円ですよ、税金。リサイクルをこのまま続けたら、さらにその
人たちは5億円取るんです。しかも資源は全然減ってないんです。

だから、これを僕らはよくわかっていますから。リサイクルしている業者はわかっ
ています。政府もわかっています。だからごまかすんです。それに乗っちゃいけ
ないんです。そこのところが、僕らの魂の切れどこなんです。どっちに切るか。
私たちが今の生活を続けて、「何かおいしいものを食べたいな」と言って切って
はいけないと言っているんです。私たちは日本人の誠を信じて、社会がどう言お
うと、そういうズルは許さないと。これでバシッといかないといけないと思いま
す。

だから現在は、レジ袋はそうですけど、僕は学生がおとといいいことを言ってき
たんです。僕の本なんか読んでいるから、多少影響があって。僕、NHKが嫌い
なんです。NHKが嫌いになったのは最近で、環境報道があってからで、その前
は結構NHK好きで、必ずNHKのは見ていたんですけど、最近急激に嫌いになっ
た。

彼がこう言ったんです。「レジ袋を追放するって、私には意味がわかりませんで
した。私にとっては、すごく大切なもののひとつです」。独身の学生です。「レ
ジ袋がなくなったら困るんです。何で、レジ袋をなくすんだったらNHKをなく
さないんですか?」と言うんです。「私にとって、NHKなんかなくなったって、
民放を見ればいいし、視聴料を払わなくて全然困らないです。インターネットも
あるんです」と。

この話は本質を突いているんです。なぜかと言うと、何かをやるときに、「私の
思想がそうだから、あなたもそうしなさい」というのが嫌いなんです。それが大
嫌いなんです。人間は、個人個人生き方があるんです。レジ袋が欲しい人もいる
し、分別すると膝が痛い人もいるし、いろいろいるんですね。それにどうやって
応じていくかです。

だから、レジ袋をなくすんだったらNHKをなくしたほうがいい。僕も賛成。だ
からそういうふうな社会ではなくて、レジ袋を使う人は使い、使わない人は使わ
ないでいいんですよね。別に、環境なんか人に強制しなくたって、マイバックが
いい人はマイバックを使えばいいんですからね。人に、「あなたはキリスト教じゃ
ないか」とか言ったって、それはその人の信じることだから、いいと。

環境というのを守るのは一人ひとりの心なんだから、私は一人ひとりの心がその
まま認められるような社会のほうに行ってほしいと。太りたい人は太って、それ
で早く死んだら、しょうがないです。それが本人の考えなんですから。僕らが言
うのは、「あなた、85センチ以上のおなかになったら早く死ぬよ」と言ってあげ
ればいいだけ。「あなたどうするの?」と聞いてあげればいいだけです。タバコ
だったら隣の人が迷惑するけど、おなかの周りがちょっとくらい大きくても迷惑
かけないんだから。

だけど、そのほうにどんどん行って。お役所は、仕事がなくなったら困るから、
どんどんつくりますから。納税者は、「あなたはそんなことやらなくていいよ」
と言わなきゃいけないんじゃないかと思います。

枝廣 
地域が環境問題にかかわるときに、いくつか大事なことがあると思っています。
自治体にしても地域にしても、これまでの多くの活動が「とりあえずまずできる
ことからやろう」「ほかもやっているからやろう」--だいたい、そういう形で
環境の活動をやっている所が多かったように思いますが、大事なポイントが2つ
あります。

1つはまず、そこの地域、たとえば三重県だったら三重県、四日市だったら四日
市が、どういう県になりたいの? どういう町にしていきたいの? その理想的
な姿を最初に描くことだと思います。

「できることをやっていこう」というのと、「あそこに行きたいからこれをやっ
ていこう」というのでは、全然動き方も道すじも違ってきます。だから、三重県
が50年後にどういう県になっていたいの? 四日市市が30年後にどういう都市に
なっていたいの? それといまと何が違うの? そのギャップを埋めるためにど
うしていったらいいの?と考え、だからこれをまずやろう、と進めていく。そう
いう順番だと思います。

私は、総理の「温暖化に関する懇談会」の「環境モデル都市の分科会」の委員も
務めています。この環境モデル都市に82都市から応募があって、その審査もさせ
ていただいたのですが、そういう機会があってはじめて、たくさんの都市がとて
も思い切った目標を出してきました。大きな目標を出してはじめて、「大きく変
えるにはどうしたらいいか」と、考えが進むのだと思いました。なので、地域か
ら活動するときにも、その地域の理想的な姿を描くということが、とても大事な
んだろうなと思います。

もうひとつ、自治体ないし国もそうですが、先ほど話したこととも重なりますが、
かけ声だけでは竹やり争になってしまうんですね。「やらなきゃいけないからや
るんだ」とか、「やらなかったら困るからやるんだ」ではなくて、意識が高くな
くても行動を変えたくなるような「仕組み」をつくっていくところが、私は行政
の腕の見せどころだと思います。

みんなの意識が高ければ、別に言わなくても行動するんでしょうけど、残念なが
らそうではないし、みんなの意識を高めるにはとても時間がかかってしまう。だっ
たら、意識が高くても高くなくても行動したくなる、もしくはしないと損するよ
うな仕組みをつくるというのが、人々の行動を大きく短期間に変えるやり方です。
これは、いま自治体でいろんな面白い事例が出てきていて、お互いに学び合って、
もっともっと広がればいいなと思っているんですが。

たとえば先ほどのエコ通勤の話がありましたね。これは企業でも自治体でも同じ
ですが、通勤手当ってありますね。同じ距離を自動車で通勤するときと自転車で
通勤するときと、どっちがたくさんもらえると思います?

アンケートを取った自治体があるんですが、75%は、同じ距離を行くんだったら、
自動車で行ったほうが通勤手当をたくさんもらえるという結果でした。多くの場
合、自転車で行っても通勤手当はもらえないんですね。そうすると「自転車に乗
ろう」「自動車をやめよう」とかけ声をかけても、やっぱりお金がどちらにつく
かというのが、人の行動に影響しますよね。

面白い例が、名古屋市の事例です。たとえば5キロまでの通勤に対して、名古屋
市は、かつては自転車で来ても自動車でも、2,000円の通勤手当を出していまし
た。それを、2000年だったか、変えたんですね。5キロ以内通勤する場合、自動
車で来たら、これまで2,000円だったのを1,000円に下げました。同じ距離を自転
車で来た場合は、2,000円だったのを4,000円に上げたんですね。3,000円の差が
できたわけです。

これで3年後、調査をしてみると、自動車通勤は25%減り、自転車通勤は50%増
えていました。たとえばこういう仕組みを上手につくることというのが、自治体
の大きなポイントだろうなと思います。

最後に、生物多様性の話があったので、そちらについて少しコメントをすると、
生物多様性というのはとてもわかりにくい、なかなか伝わりにくい言葉ですが、
多様であることの力を大事にする、取り戻すということだと思います。

たとえば、1つの畑に1種類の作物だけを育てていたとしたら、それがかかる病
気がはやったら、みんなやられてしまいますね。でも、混作といって、さまざま
な種類を植えておけば、どれかはやられるかもしれないけど、生き残れるものも
ありますよね。単一作物のほうが、短期的な効率はいいですが、混作、多様性を
重視したほうが、長期的な安全性は高まります。

いまの経済だと、どうしても短期的な効率を重要視するので、多様性を削って、
削って、削って……とやってきていますが、それは長期的なことを考えたら、ほ
んとはマイナスのことをやっているんじゃないかと思うことがよくあります。

生物多様性は――多様性が必要なのは生物だけではなくて、社会の中の多様性も
大事だし、同じ動きだと思うのですが、生物多様性で言うと、これまで人間があ
まりにも越境して、人間以外の生物種のところに入り込んでしまっていたので、
多様性をもう一回取り戻そうとしたら、人間は引くしかないんですね。ですから
撤退するという動きになります。さっきのコンクリートだった川を、もう一度自
然の川に戻すとか。それはある意味、人間が撤退していくということだと思うん
です。

これは、非常に新しい“技”になります。これまで人間は、特に行政は、つくる
こと、「前に進む」ことだけをやってきました。だからこれはすごく得意なんで
すね。計画して前に進んで、というのは得意。

でも、途中で考えを変えてやめることとか、元に戻すこととか、それはこれまで
習ってもないし、やってきてもない。評価もされない。そういうことをこれから
やっていく“作法”というか、“技”というか、“知恵”というか、それを身に
つけないといけない。生物多様性というのは、おそらくそのための大きなきっか
けになると思っています。

武田 
私個人は、何で名古屋市の中に牧場がないのかなと思っているほうだし、よく森
のほうに行くのも好きなんですけど。それはそうなんですけどね。それから今日
は、ここに来られる方は、多分、環境というものに興味があって来られているの
で、私が今から言うこととはまったく違うお考えなので、私が言うことには大変
お腹立ちになると思いますが、心にあることをきちんと言わなきゃいけないので、
そのまま申し上げます。

中学生でいま、物理を履修している学生が10分の1に減りました。私は工学部で
学生を教えておりますけれども、機械とか電気に興味を持つ学生はほとんどいな
いんです。なぜかと言うと、やったら不安を感じちゃうんですよね。だって、自
動車はいらない、電気はいらないと。昔の電車でいいと。自転車で走れというの
は、自転車を改善するって、あまり改善できないものですから。

このまま行くと、あと30年後には、日本にはトヨタ自動車も松下電器もできなく
なるんです。だって、トヨタ自動車を運営するためには機械工学の人がいるんで
す。それから、松下電器をつくるためには電気の人がいるんです。僕らの時代は、
物理履修率98%でした。従ってトヨタ自動車ができ、松下電気ができ、四日市の
化学工場ができて、われわれは現在豊かな生活をしているんです。

環境には確かに問題はあるんです。問題があることはわかるんですが、僕は第1
部で、「私たち大人は孫に対して責任がある」と言ったんですが、本当にいいの
かと思っているんです。「環境」「環境」と言って、本当にいいのかと。自治体
も「環境」と言っているんですけど、環境って、そんなに悪くないんです。1990
年から多分、四日市市もほとんど環境の患者さんはいないと思います。昔、随分
問題がありましたけど。

私たちが、もし「環境」「環境」と言い続けたら、30年後の日本人はすごく貧乏
だと思います。エネルギーもなくなってきますから。だから本当に貧弱な生活を
するようになると思います。私は太陽エネルギーなんか、全然だめだと思ってい
ます。計算したら、まったくだめですからね。生活程度を10分の1ぐらいに減ら
さないといけないです。

僕はこう思っているんです。いま、私たちがそういう生活をしているなら、孫た
ちにも「そういう生活をしてもいいよ」と言えるんです。だけどわれわれは、い
まマンションに住み、テレビつき、電気つき、自動車に乗って、やりたい放題やっ
て、グルメ食べて、そして「貧乏生活でもいいじゃないか」と言っているんです。

そしたら、孫たちに残せるのは何かと言ったら、トヨタ自動車も廃業、松下電器
も廃業です。そしたら孫たちは、くみ取り便所になっちゃうんです。本当にそれ
でいいと思って僕らがやっているのかということです。われわれのノスタルジア
とか、人気取りとか、そういうことではないのかなと。

僕なども年寄りですから、昔の日本に戻るというのにはノスタルジアがあって、
いいんです。だけど、それをやっちゃうとね。僕は中学生の決意表明なんか、大
反対です。あんなことをさせていたら、あそこで「皆さんでごみを拾いましょう」
と。昨日、僕、どこかを通ったら、中学生が環境活動の一端で、道路の脇のごみ
を拾っているんです。そんなことをするなら勉強しろと。

僕は、環境がいらないと言っているんじゃないんです。本当に、ああいう活動を
させておいて日本の将来があるか、というのが心配なんです。やはり日本は、人
口密度世界一ですから。そして今は、すごく僕らは豊かな生活をしています。私
は、自分がこの豊かな生活を捨てられるなら、孫たちにも環境教育をする。だけ
ど、僕らがいま豊かなのは、僕らが物理をやったからなんです。僕は物理の先生
だからって、物理を宣伝しているんじゃないですよ。本当にそう。

だから、今日、よく考えてもらいたいと思うのは、私は反対なんです。中国の方
もおられるかもしれないけど、これは日本という意味で言いますが、日本の親の
大切なのは、日本の孫を守ることであって、中国人の孫は中国の人が守ればいい。

いまは、中国と日本が競争しているんです。どんどん負けているんです。なぜか
と言うと、日本が環境のことを言って、向こうが産業のことを言っていますから。
これを30年続けたら、完ぺきにやられちゃいます。もういまは、人工衛星、日本
は人間を上げられないけど、向こうの人工衛星は人間を上げていますよね。

これで本当に私たちは、私たちの子どもに対して責任を持てるのか。環境って、
遊びじゃないのと思うんですね。僕は、その点ではやはり、枝廣さんの言ったこ
とを言えば、われわれはどういう社会を目指しているのか。いまのまま行くと、
私の計算では、非常に貧乏な日本になります。それで耐えられるかということで
す。

私が、「名古屋の中に牧場がいる」とか「涼しい川がいる」と言っているのはな
ぜかと言ったら、私が豊かだからです。それはよくわかっている。

ドイツもそうです。ドイツも、ヨーロッパでトルコの低賃金の人なんかをどんど
ん使っているわけです。その人たちはひどい生活をしているわけです。だけどド
イツの中級より以上――ヨーロッパ人というのは、ここ100年ぐらい、アジア、
アフリカを圧迫して、うんと金を取ってきたわけです――その富で貴族はああい
う生活をしている。僕も貴族みたいなものです。だから私がいい生活をしている
から、私の孫は貧乏でいいと、それは言えるのかなというのが、ちょっと私は疑
問です。それが一点。

もうひとつは、日本は自然とともに、ヨーロッパは自然を征服する。日本は自然
の中に溶け込むという基本的な文化を持っているんですね。ですから100年住宅
というのに、僕は非常に不信感を持っているんですが。100年住宅というと、住
宅を100年使うからいいと言うけど、日本は建て替えるところがエコなんです。
違うんですよね。文化というものが違うんです。

だから伊勢神宮は20年ごとに建て替えるんですが。伊勢神宮はなぜ20年ごとに建
て替えるのか。なぜ日本には、これは全然地震と関係ないですが、レンガ造りの
建物が定着しないのかというのは、日本人が自然の中に溶け込みながらやってき
たということの、ひとつの例です。

ですからエコというのは、そんなに簡単なことではなくて、われわれの生活全体
とか、本当に私たちが人生をどう送るかというのが、ものすごく大きく問われる
ので、良い子、良い子でやっていくのはあれだし。

いまの日本でも、すごくつらい人たちがいっぱいいるんです。ドイツは、飢えて
いる人はいないんです。だけど、世界には8億人の人が飢えているんです。飢え
ている人たちはなぜ飢えているかと言ったら、物理学者がいないからです。物理
の技術者が。自動車もつくれない、電気もつくれないから、飢えるんです。なぜ
かと言ったら、食糧は全部、金で買うわけですから。金がなかったら飢えちゃう
んです。

日本の穀類自給率27%です。このまま行ったら日本人は飢えちゃう。だから、あ
まりに環境を表に出す、特に中学生などを洗脳するのはもってのほかで。僕は、
中学生はどんどん勉強しろと。そして明日の日本をつくってくれと。こういうふ
うに言って、環境が大切だったら僕らがやればいいんです。老人が。そしてそれ
で少し若い人にも見本を示すということはいいかもしれません。

私、あるテレビで、「環境を守るために、若い人が最近モノにぞんざいだから、
環境税をかける」と言うから、「とてもカッコいいことを言うようで恐縮だけれ
ども、もし環境税をかけるんだったら、僕が若い人の分の2倍払う」と言ったん
です。私には、年を取ってやることないんですけど、若い人はこれからやること
があって、張り切ってやってもらわないといけない。次世代の日本を残すため、
発展する四日市、住みやすい四日市を守るためには、よその市のことはあまり言
いませんが、環境なんかやっていたら、レジ袋とか節約とかやっていたら、全部
だめになっちゃうんです。

節約というのは、いまの状態をだんだんシュリンクしていくんです。小さくして
いくんです。そうじゃなくて、違う世代に移らなくちゃいけないんです。移ると
きには、学力がいるんです。学力以外は、人間は頼りにならないんです。なぜ、
ライオンがあんなに筋肉があっても、檻に閉じ込められているかと言ったら、人
間に知恵があるからです。なぜヨーロッパと日本が非常に所得が高くて、アジア
とかアフリカとか、ひどいのかと言ったら、やっぱり知恵の力です。

だから、われわれは全部それを捨てて、知恵じゃない世界に行ってもいいけど、
その代わり平均寿命は下がるし、蚊には刺されるし、ひどいことになるわけです。
どっちを選ぶかは四日市市民が考えることですが。僕は、環境を捨てて物理の勉
強をさせることを勧めたいと思いますが、突拍子もないので、受け入れられない
とは思いますけど。

(ここでコーディネータの方が、「環境を守るためでも、いまの生活レベルは変
えたくないという方、どのくらいいますか? 環境を守るために、生活レベルを
落としてもよいと思っている人はどのくらいいますか?」と会場に問いかけまし
た。そんな中、会場から「変えるのと下げるのは違う」という声があがりました)

枝廣 
いまの会場の方々にお聞きになった問いかけと、いまのやりとりは、本当に象徴
的というか、あちこちで出会う、いちばん大事なところだと思います。つまり、
私たちが究極目指しているのは何なのかということですよね。それは、たとえば
「幸せ」という言葉を使う人もいるし、「豊かさ」という言葉を使う人もいる。

私がよく思うのは、経済的なGDPとかは定義がはっきりしているけれど、私た
ちが生きている、もしくは社会を営んでいる、経済を営んでいる本当の目的に関
する議論や定義を、これまであまりしてこなかった、ということです。たとえば
「幸せ」とか「豊かさ」とか「収入レベル」とか「生活の質」とか「生活レベル」
とか、いろいんな言葉が使われるけれど、きっとみんな、いろいろな意味で使っ
ているので、議論が食い違ってきてしまうんですね。

いま大事なのは、「私たちは幸せに生きたい」ということ。その幸せということ
が、物質的な豊かさとイコールの人もいるし、イコールでない人もいる。イコー
ルでない幸せを増やしていこうという人たちもいる。

たとえば、物理的な、物質的な豊かさを求めたとしても、それをいまのように地
球に負荷をかけないでもできるようなやり方も出てきている。そういったことを
考えていかないと、何か「豊かさや幸せを考えよう」と言った途端に、「でも、
生活レベルを下げたくない」とか「収入は欲しいんだ」とか、そういう議論になっ
てしまって、話がうまくいかないときがよくあるなと思います。

たぶん、私たちが目指しているのは、幸せに生きたいということだし、私たちが
本当に幸せに生きるためには、次世代や人間以外の種に迷惑をかけていては、本
当の意味では幸せではないと思うんですね。それを知っていれば。知らない幸せ
というのもあるかもしれないけど。なので、できるだけ身の丈というか、地球の
許容量の範囲の中で、それぞれの世代が生きていくこと。その中で幸せを最大化
していくことだと思います。

幸せはどんどん増やしたらいいと思うんです。満足もどんどん増やしたらいい。
でも、これまでは、それにもれなく環境負荷、環境への影響というのがついてき
た。

貧しいときはそうです。日本もそうだったと思います。戦後、いまの途上国もそ
うですが、たとえば1日1食しか食べられなかった人が、2食、3食となったら
幸せですよね。その幸せを増やすためには、やはり物質的なものが必要なわけで
す。

でも、日本のように、先進国のように、あるところまで豊かになったら、物質的
なものを増やすことが幸せを増やすことにはつながらない。もしくは逆に、幸せ
を下げることにもなっている。これは、今日はデータをお見せできないのが残念
ですが、GDPは増え続けているけれど、幸せを測る指標は、あるところ、70年
代ぐらいから頭打ちで、それ以上増えていない、もしくは最近減っているという
データもあります。私たちは別にGDPを増やすために生きているわけじゃない。

としたら、私たちの幸せを何で測っていくんだろう? そういった議論を、やは
りもっと本格的にやっていく時期なんだということを、いまのやりとりを聞いて
思いました。

武田 
僕が言ったことはまったく全然違うんです。質問もあれだったんだけれども、僕
が言ったことは、いまのわれわれは、心の豊かさを求められるんです。だから僕
は、いま以上にモノを増やそうとか言ったのでは全然ないんです。

いま枝廣さんの言ったことは、僕が言ったことと全然違うことを言っているんで
すね。私は、このまま行ったら、50年先ぐらいに、日本人は1日に1食しか食べ
られなくなるけれども、私たちが3食食べているから、私たちの孫は1食しか食
べなくてもいいという政策がいいんですかと聞いているわけです。

もちろん僕なんかも、もういらないと思っているんです。生活レベルを落として
地球を守るとか、そんな話じゃないんです、僕が言った話は。日本人は日本人の
孫を守らなきゃならない。それには私たち大人に責任がある。本当に物理を勉強
する人が10人に1人だったら、現実的にトヨタ自動車と松下電器がなくなっちゃ
うんです。なくなったら、食糧を買えなくなるんです。それでも本当にいいと思っ
てやっておられるんですかということです。私たちの世代のことではないんです。
私たちの世代にそういう舵を切ったら。私たちは裕福だから、ドイツにあこがれ
るんです。

だけど、それは裕福だからあこがれているので。私たちは、トヨタ自動車と松下
電器のドルをもらって生活しているんです。それがもらえなくなるような政策な
んです。中学生にそういうことを教えているんです。それは本当にいいことなの
かということです。

われわれはいま、発展した先進国にいるけれども、これが現在の途上国みたいに
なるんだけど、それでいいんですかと言っているわけです。それは一人ひとりが
考えることだから、いいんだけど、いまは僕らが裕福だから。僕らの孫も裕福だ
と思っている。だけど僕らが裕福なのは、自動車会社と電気会社があるからです。

定義の問題じゃない。そこに持っていかないで。裕福が幸福をもたらすかどうか
なんて、僕なんか全然、裕福なんか幸福をもたらさないと言っているんです。枝
廣先生が言ったグラフも知っています。だけど、そういう問題とは全然桁が違う
と言っているんです。われわれが生存の基盤を失うわけだから。

今から80年前、平均寿命は43歳です。われわれが救急車を呼べば病院で手当を受
けられるのは、この経済力に支えられているんです。経済力に支えられているか
ら、われわれは病院にかかることができるし、手術も受けることができるんです。
受けられなくなっちゃうんです。それを孫の世代に残していいのかということで
す。

もうひとつは、物理の学生が10人に1人になっても、トヨタ自動車と松下電器が
あるということを証明してほしいんです。大人の責任です。それから、トヨタ自
動車と松下電器がなくても、われわれの孫は幸福だと言い切ってくれるなら、そ
れはそれで意見は通っている。それをちゃんと言ってほしい。

枝廣 
ごめんなさい、さっき、ちゃんと言わなかったみたいで。私がさっきコメントを
したのは、武田先生がおっしゃったことではなくて、コーディネータの方が会場
に質問したときに、下げるというのを、「何を下げるか」という話があったので。
それはずっと考えていることだったので言ったのです。

たとえば、環境を押しつけているせいで物理を履修する中学生が減っているのか
どうか、そこの因果関係は、私ははっきりわかりませんが、何であったとしても、
人々の関心ややりたいことを狭める力が働いているとしたら、それは先ほど言っ
た多様性を重視するということに反していると思うんですね。

それは環境だけではない。いろいろな、そのときどきのその時代に力で、人々を
ある方向に向けようとする力は働くわけです。それが社会の、中学生が何を履修
したいかということも含めて、多様性を損なう方向に向かっているとしたら、そ
れは多分、環境そのものがいい、悪いではなくて、出し方や押しつけ方が間違っ
ているという点では、私は武田先生がおっしゃっていることと、そう違う意見で
はないと思います。

その多様性を保障した上で、それぞれの中学生が、たとえば「自分はいま環境問
題が大事だと思うから環境を考える」とか、「環境技術をやるんだ」とか、「自
動車よりもそうじゃない技術を勉強したいんだ」と。そういうふうな形で、もし
履修する学生の割合が変わっているんだとしたら、それはそれぞれが考えてのこ
となので、いいことだと思っています。

大事なポイントは、トヨタや松下というのはひとつの例だと思うんですが、いま
おっしゃろうとしたことときっと同じで、産業でGDPを稼ぎ出して、それで食
糧やエネルギーを輸入して成り立っているという、いまのこの日本の社会のあり
方そのものが、持続可能かどうかということです。

私は、物理を学習する生徒が増えても減っても、トヨタや松下が、いまのままで
ずっとGDPを稼ぎ続けるとは思っていません。ですから彼らも、ビジネスモデ
ルの転換を一生懸命図っているのです。

ですから、何かモノをつくって、モノを売って、それでお金に換えて、食べ物や
エネルギーを買って、それで幸せになるという、その方程式そのものがこれから
変わっていくし、変わらざるを得ないと思っています。

たとえば、私たちが幸せだと思う瞬間、そのどれぐらいが物質に支えられている
か。もしくはお金に関係しているか。昔、貨幣経済がなかったころ、人間の幸せ
は100%お金以外で得ていました。自然とのやりとりや、周りの人とのやりとり。
でも、貨幣経済が出てから、お金が幸せを運んでくる割合が高まって、いま、人
によって違うでしょうけど、9割近く、10割近く、お金が幸せに変わっている。
少なくてもそう信じている人が多いと思います。

その場合、お金というのは、たとえばグルメであったり、何かぜいたくなものを
買うことだったり、モノにつながっていることが多い。そうすると、その幸せの
ためには、モノやエネルギーをたくさん使わなきゃいけない。それは前半でお話
をしたように、地球の現状から見たときに、多分、持続可能な幸せのあり方では
ない。

なので、「幸せの脱物質化」という言い方をしているんですが、私たちが幸せを
得るときに、モノ以外で、エネルギーを使わないで、お金を介さないで、そして
幸せを得る割合を増やしていくことは、私はできると思っています。それをすれ
ば、幸せは減らさないで、物質やエネルギーは減らすことができる。CO2も減
らすことができる。

こういうふうに、これまでくっついていたものを分けることを「デカップリング」
といいますが、こういったことを考えていくことも大事だし、そういった中で、
産業がこれまで果たしてきた役割と、これからの持続可能で、そういった意味で
は、だんだん条件が非常に厳しくなっていく社会の中で、産業がどういう役割を
担って、私たちがそれにどういうふうに頼って、もしくはどういう関係性をつくっ
ていくか、を考えていくことです。

これまで通りを続けていくことはできないし、続けていく必要もないし、そのあ
たりをきっと、もっともっと考えないといけないんだろうなと思います。

(このあと、他のパネリストの方々のコメントがありました)

武田 
どうも、大変ひんしゅくを買う意見を言って、大変恐縮です。僕は、自分の行動
と自分の意見を合わせておくということに全力を注いでおりまして、私がもし
「温暖化が危ない」と言うんだったら、私はいまの仕事を辞めるんです。辞めな
いとCO2の発生は止まりませんから。

ですから、これは非常に重要なことで、いま僕が何を心配しているかと言ったら、
先ほど言いましたように、私たちの子どもに、非常に激しい言葉で言えば、いま
のわれわれの錯覚か利権かわからないけれども、そういうことで教育をして怖が
らせて、「環境」「環境」と言って、それで子どもたちが本当に激しい国際競争
に投げ出されてみると、「あれ? おじいさんは激しい国際競争を結構やってい
たんだね」と。「だけど私たちにはもう、激しい国際競争はできないんだな」と
なったときに、それも含めて、私たちは責任ある行動を取っているのかというこ
とに対して、私自身も少し疑問があるということを、ちょっとお話ししたわけで
す。

もちろん、現在の河川のつくり方なり、まちづくりなり、私たちがいま心に大変
に不満な状態、つまりこのままではだめなんだと。大量消費し過ぎるし、ごみも
多すぎるし、と感じていて、自然とも離れていると。ストレスも大きいというこ
とを感じていることは確かなんですね。私もそうです。最近、蚊もいないんです。
ハエもいないし、蚊もいないし、スズメもいないんです。こんなのは異常だと、
僕も思うんですけど。

だけどその私の感覚で、日本の大きな、50年後の舵をほんとに切るだけ自分は厳
しく考えているのかということに、ちょっと疑問があったので、さっきも申し上
げたんですね。私たちの子どもたち、孫たちが、本当にそれでいいと思うかなと
思って、そこのところを大変に疑問に思いました。私の感覚とも違うことを、私
は言いましたけれども、そういうこともあるということで、少しお考えいただけ
ればと思います。

枝廣 
武田先生が繰り返しおっしゃっていたことで、「中学生とか子どもの洗脳をする
のはいかがなものか」と。多分、違った角度からですが、私も近い感覚を持つこ
とがあって、行政の人と話をしたり、産業界の人と話をしても、よく「次世代の
教育しかない」という言い方をされるんですね。いまの世代、大人はもう、なか
なか行動は変わらないから、次世代の教育しかないという。

私は、それはすごく無責任だと思っています。次世代の教育も大事ですけれど、
でも、現世代の行動を変えないことには責任を果たせない。私は、温暖化は進ん
でいるというふうに思っている立場なので、次世代が大きくなって社会の中枢を
担って、社会を変えていく十何年待つことはきっとできないだろうと思っていま
す。だから、現世代の行動も変えないといけない。

よく大人が、「生きる力を子どもにつけなきゃいけない」と、心のノートとかを
つくったりしているんですが、あれは別に子どもたちの責任ではなくて、生きた
いという社会になっていないから生きる力が出ないんだろうと思います。「あん
な大人になりたい」という、そんな大人がどれぐらいいるのか。そういう魅力的
な大人とか、魅力的な社会があってはじめて、その中で生きたいという気持ちが
出てくる。

それがなくて、生きる力を注射のように、外から与えてやろう、みたいな。そう
いう大人から子どもを見ている子ども観ということそのものが、武田先生の反発
と重なるところがあるかもしれませんが、よく問題だなと思います。

やっぱり、大人が子どもにしてあげられる最大のことは、これは大人自身もそう
ですが、自分で考えて、自分で選んで、自分で決める力をつけることだと思いま
す。状況は変わっていくし、新しいこともいろいろわかってくる。そのときどき
に子どもたちが、もしくは私たち大人が、どうやってそれを考えて、どうやって
選んで、どうやって自分で決めていくのか。その力さえついていれば、どんな状
況になっても、どんな新しいことがわかってきても、それぞれの人が、きっと考
えて進めていける。ですから本当の教育って、そういうことではないかなと思い
ます。

自分で考えたりする上で大事なのが、多様な意見があるということです。自分と
同じ意見ばかりだったら、考えようがない。差があってはじめて、どこからその
差が生まれるのかということで、考えが進むんですよね。そういった点で、今日、
ドキドキしながら武田先生とご一緒させていただいたんですが、いろいろ自分で
考えるきっかけになって、うれしかったと思います。

正直な話、特に、自分の価値観、本当に大事だと思っていることにかかわる多様
な違う意見が出てきたときには、すごく不安になるし、落ち着かない気持ちがす
るし、できればそういうことを聞かずにすませられればいいなと思うこともあり
ます。でもやはり、それはひとつの大事な場なんだろうなと思います。

武田先生は、「温暖化を考えたら、自分は仕事を辞める」と言っていらっしゃい
ましたが、私は、さっき話した「直接の影響、間接の影響」をいつも考えていま
す。

私がここへ来て参加をすることで、二酸化炭素を出してきています。でも、もし
ここで皆さんがいろいろ聞いてくださったり、そのあと考えてくださったことで、
何らか最終的に、間接的な影響ですが二酸化炭素が減って、私が出してきた二酸
化炭素以上に減ることがあれば、私がここに二酸化炭素を出しつつ来た意味もあ
ると。講演で飛行機を使うことも多いので、そういうふうに考えています。

そういった意味で、もし、私を含め今日のお話が、皆さんの何らかのきっかけと
か考えるひとつの手掛かりになったらうれしいなと思っています。ありがとうご
ざいました。

~~~~~~~~~~~~~~引用ここまで~~~~~~~~~~~~~~~~

議論になっていたのかどうか、よくわかりませんでした。。。たぶんなっていな
かったように思います。。。会場の方々はどのように聞いてくださり、どのよう
に感じ、考えられたのかなあ?と思います。

自分のトレーニングとしてはとてもよい機会でした。絶対に反論というか正さな
くてはならないところ(そうしないと、来場者が誤解したまま帰ってしまう)は
しっかり言いつつ、自分の持ち時間の中で、本当に来場者に伝えたいこと、持っ
て帰ってもらいたいことをいかに伝えるか、その場で判断しながら話すことにな
ります。

自分の感じとしては、80~90%は会場に向けて、10~20%は武田先生や先生のおっ
しゃっていることに向けて、話していたように思います。

今年の3月、福田総理の「温暖化問題に関する懇談会」のメンバーに選ばれ、最
初の懇談会を翌日に控えた夜、ある方からアドバイスをもらいました。「いろい
ろな立場や考え方の委員がいるからね、聞いていたら反論したくなることもある
だろう。しかし、自分の貴重な時間を反論に使ってはいけないよ。総理だけを見
ること。総理に伝わるように話すことに全精力をつぎ込むことだ」。

このアドバイスは、懇談会や分科会での会合でも私の指針となってくれています。
また、どんな場面でも、だれと議論しているときでも、「本当にわかってもらい
たいのはだれなのか、だれに伝える効果を最大限にすればよいのか」を考えて、
伝える方法や内容を考えるようになりました。

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コメント

かわさん
ほんとこの行事は行ってよかったですね。
聞けば聞くほど味のあるお話だと思います。

武田教授も枝廣さんも真剣勝負なんだと思いました。

投稿: えーさん | 2008/11/18 23:25

すごい内容と話しを文章にされています。
これを読んで、真剣になりますね。
私は、テキストにして印刷して、何度も読み返すことにしました。
まさに、人の関係です。
いくら、環境に努力しても無駄ではないが、本質をよく捉える必要もあるんだと痛切に感じます。
追伸、私もこの四日市エコまつりに参加して、講演会も聴講しました。 かわ

投稿: かわ | 2008/11/05 09:05

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