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2008/02/20

「中馬のおひなさん」

「中馬のおひなさん」

今日は天気が良さそうなので朝急に思い立って 「中馬のおひなさん」
をかみさんと一緒に見てきました。

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平日にもかかわらず観光バスやマイカーでかなりのお客さんが来ていました。
ほとんどは中年の女性ですね。
江戸時代から明治 大正 昭和 平成  と雛飾りの変遷が見れました。
ここ足助町はさきごろの合併で豊田市となりましたがずいぶん古い町並み、建物が残っているのに驚き感心しました。そしてこれだけたくさんのお雛さんが残っているのも。

足助では最初の子どもが生まれるとお嫁さんの在所からお雛さんを持っていくのが習わしだったそうです。それで男の子なのにお雛様がある家がたくさんありました。立派な雛飾りです。もちろん端午の節句にはそちらの人形や鯉のぼりも
足助へ嫁にやるのは考え物ですね。もP1090644goheiっとも今はそういう風習はないそうですが。P1090510syokuji P1090603takekanten

しし汁 や 五平もち ねぎ焼き こんにゃくの味噌田楽 いがまんじゅう 竹かんてん 
どれもおいしかったです。

三河土人形  

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明治10年ごろから三河高浜の瓦職人が瓦の土を使って作りだしたものらしいですがそれがこの足助にたくさん残っています。家家から出されたものが資料館に運ばれましたが展示しきれないと言っていました。

日月もなか

P1090615 足助銀座の川村屋さんが作っているもなかです。

日月のいわれ 

足助土産として有名な「日月もなか」の「日月」は、笠置山の合戦の折、重範公が使用していた軍旗に記されてた「日月」の文字が由来となっています。

足助神社に祀られているのは、元弘の変の時に後醍醐天皇の味方となり、京都の笠置山に篭城した足助次郎重範という軍の総大将だった人物である。最後は捕らえられ、六条河原で斬首となったが、敵軍からは勇猛果敢、弓の名手として恐れられた。 ...
のち明治天皇から誉められた。

中馬街道

三河から信濃へ塩を運ぶ街道のことを中馬街道といいます。足助はその中間点にあたります。
「中馬」は,江戸時代に,信州の馬稼ぎ人たちがつくっていた同業者の組合で「賃馬」(ちんば)「中継馬」(ちゅうけいば)などが語源と言われる。

おひなさんを見ての帰りがけに商店街に「橋本豆腐店」という昔ながらの豆腐店があった。
おばちゃんがこれおいしいから買っていきなよとの声で1丁250円と言う豆腐にしては高めの値段でしたが飛ぶように売れている「盛り込みとうふ」1丁を買いました。
寄せ豆腐は、今晩の晩ご飯のおかずとなりましたが、豆の香りと、甘い味が鼻に抜けてとっても美味しく頂く事ができました。

帰りは稲武の「どんぐりの湯」で温泉につかって帰りました。
とってもいい湯でしたね。

P1090652donguri

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