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2007/10/05

カタカムナ文献と楢崎 皐月先生

誰から聞いたのか忘れましたが昔日本には「カタカムナ」という言葉があってその言葉が中国に
渡ったということだったと思います。
今の常識では文字は中国から日本へやってきたものだ。
そしてすべての文明は中国から直接または朝鮮を通じて日本にやってきたものだと
中国人や朝鮮の人たちもそう思っているいるようです。

しかし「カタカムナ」を調べていくとどうももっと古い時代に日本には進んだ文明があったのではないかと思われる事柄が出てきたようです。

この「カタカムナ文献」を今でも研究している集団 相似象学会 の文献からカタカムナについての流れを纏めてみたいと思います。
もっと詳しくお知りになりたい方はこちら
こちら

カタカムナ文献 を日本で一番最初に言い出したのは楢崎 皐月先生です。
まず楢崎 皐月とは?どんな人かを知る必要がありますね
この人は本当に大変な方だったと思います。

そうですカタカムナ文献を知り最初に解読されたのがこの楢崎 皐月先生なのです。
そして唯一の後継者が宇野多美恵女史でした。
そしてこの宇野多美恵女史は2006年10月22日軽井沢の別荘で息子さんと二人でいたところ火事になり二人ともお亡くなりになりました。享年89歳でした。
そしてカタカムナの大事な文献もほとんどが消失したと聞いています。
ご冥福をお祈りすると同時に非常に残念なことです。

◆ 楢崎 皐月氏は陸軍の製鉄所長として当時の満州・吉林にいました。そこで彼は娘々廟に詣で、その  地で信奉を集めていた老子経道士・慮有三(らうさん)老師に出会い、次のような話を聞かされます:  
  直接に, 「老子の古伝」として伝えられら言葉によれば, 我々が, シナ民族固有の文化  と思っていたもの(易・漢方医術・製錬法・老荘哲学・堯舜(ぎょうしゅん)の理想政治等)は, 日本上古代の文化の流れをくむものであるとのことである。(八号84~101頁)
  そしてこの慮有三老師の語った, 日本上古代の文化を示す「八鏡文字」とは, 「<カタカムナ>の声  音図賞であったことが, カタカムナの文献解読の結果, 確認されたのである。(三号8・51頁, 八号83  ~89頁)(宇野多美恵著 1982 「相似象学会誌 相似象 第十号」 株式会社現代社 p.8)

◆ 昭和24年十二月から三月にかけての寒中の六十四日間, 金鳥山(六甲の近く)の付近に穴居していた楢崎たちのもとに, 初めて訪れた時の平十字氏は, 猟師の姿で, 鉄砲を持ち, 腰に兎を一匹ぶらさ  げていた。そして、鉄砲をガチャつかせて威嚇しながら、「お前さんたち何の為にやってきた?    泉に妙なものをしかけるから, 森の動物達が, 水飲みにいけなくて困っている。すぐにとり除けろ」 と怖い顔で命じ, 「決して狐をうつな, 兎ならくれてやる」と腰に下げたのを投げ出して言ったという。楢崎が直ちに言われた通りに取りはずしておいたところ, 次の夜再び現れた平十字氏は機嫌よく労をねぎらい, 「お前さん達は感心だ、穴居しなければ、本当の事はわからない」と褒め, お礼にと, 古い巻物をとり出し, 自分は平十字(ヒラトウジ), 父はカタカムナ神社の宮司, この巻物は, 父祖代々「御神体であるから, 見たら目が潰れる」と言われて, 厳しく秘匿されて来たものであることを告げ, 「今までに, 刀のツバや定紋の絵だろうと言った学者があったが, そんなものじゃないんだ」と厳然として言い,又「カタカムナの神を祭り伝える家柄は, 平(ヒラ)家と食(メシ)家である」とも語ったという。
 (宇野多美恵著 1982 「相似象学会誌 相似象 第八号」 株式会社現代社 p.91)

  楢崎 皐月氏はこの巻物を写してみたところ以前中国で慮有三(らうさん)老師から聞いた「八鏡文字」ではないかと思ったそうです。

◆ 楢崎 皐月先生はカタカムナ文献を更に研究することを宇野多美恵さんに託して1974年他界されました。
  宇野多美恵さんも亡くなった今誰がこの後の研究をするのでしょうか?
  それともなぞは永久に隠されるのか?

またこんな文献もあります

http://www6.ocn.ne.jp/~donmaako/siron/bakkubon.html

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コメント

はじめまして、えー様。
私は千葉に在住のものです。子供の頃から不思議な経験を重ねてきましたが、その扉を閉じようとした今になってカタカムナにとても惹かれております。
人生の後半にかかり、扉を閉じるより今まで経験したことを孫たちや子供達に伝えて行きたい思いに変わりました。生来の勉強嫌いです。頭の回転も悪いです。が素直な小母さんです。
えー先生に沢山カタカムナについてお伺い出来きましたら有り難いです。楢崎先生や宇野先生のお話もお伺い出来たら嬉しいです。以下に自宅の電話番号と携帯番号を記します。
ご多忙と存じますが先生がお手すきの時にお話しを伺えますようお願い致します。
自宅047-311-1774 携帯080-1196-9005

投稿: 鈴木和代 | 2013/05/05 11:08

竹村 亜希子様
ここをご覧いただき光栄の至りでございます。
そうです
楢崎 皐月先生のことを最初にお聞きしたのはあなたからでしたね
それはよく覚えていますがカタカムナはちょっと違っていた
ように思っています

そして電子水もまた前の会社の関係から聞いたのです。
不思議なご縁ですね

またそのうちに 

投稿: えーさん | 2007/10/06 23:32

お久しぶりです。
カタカムナに行きつかれましたか。(^^)

36年前に楢崎さんに習志野のご自宅でお会いしました。
1時間の約束だったのが6時間も。
外部の誰とも会われなくなってからのことです。
その2年後に亡くなりました。
亡くなるまでの2年間、2~3ヶ月に一度の割合で、
楢崎さんと電話でお話しましたが、
カタカムナに直接関係のない話が多かったですが。

宇野さんとは神泉のご自宅で2回会い、電話では十数回話しました。
驚かれたけれど、楢崎さんの思い出話で盛り上がりました。

船井幸雄さんに17~8年前の年末に相似象会誌をプレゼントしたのですが、
翌年から講演の度に話されるようになりました。
深野一幸さんも出版前に名古屋に訪ねて来られたのでお会いしました。

投稿: 亞 | 2007/10/06 09:55

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