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2007/07/18

齋藤吾朗画伯 のこと

今日はマイミクの喜八そば  中村さんのご案内で西尾の齋藤吾朗画伯のアトリエをお尋ねしました。齋藤吾朗画伯は日本人でただ一人モナリザの模写を正式に許可された方ですが今度すばらしい大作を描かれましたのでそれを見せていただくのが主目的でした。

◆ 矢作川ものづくりの史   200号

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   矢作川流域のものづくりをテーマとして今年描かれました。

  ・矢作川  景行天皇の息子の日本武尊が岡崎付近を東征の折り矢作川の竹で矢を1万本作ったので矢作川となった

  ・東征に随行した尾張国造 建稲種命は船から落ち遺体は幡豆海岸に流れつき衣は衣浦周辺に流れついた。衣ケ浦とか挙母(豊田の旧名)と呼ばれる由来である

  ・インドから千竹町へコンロン人が漂着した
      大きな壷と一弦の琴を持っていた。壷の中には綿と綿の種が入っていた。
      これが木綿の始まりである。
      以来三河木綿が興隆し、ガラ紡の一大産地となった。

  ・。古代は矢作川流域三河湾岸に多くの集落ができ、土器作り、瓦作り、塩作り、船作り、青銅器作り、布作り、米作りなど多くの生活物資を作り、他の地域こ提供していた。

  ・明治12年から、矢作川の中畑町で固定した船に水車を設置設備し、日本唯一の舟     紡績の集落ができた。 水車が一隻の船に4つついていた。川の流れで水車が回り、その水車が動力になっていたのです。半分が住まいで 半分が工場になっていた。
明治20年ころ豊田佐吉はこれを見て大変参考になったと言ったとか
二度見にきたと聞きました。

  ・矢作川河口で川砂を利用した鋳物業が古代より発展し、明治期には鍋、釜、アイロン、郵便ポストが作られていた。戦後はそれらの工場がトヨタの部品を作るようになっているので、いわば世界のトヨタを支える地域といえるだろう。矢作川周辺は赤土がたくさんあることから古代より土器が作られ、今は瓦や鬼瓦や土人形、陶器の一大産地となっている。高浜には細工人形が伝承され、ここから全国屈指の菊人形師も輩出している。
   
  ・食料の歴史も豊かで、岡崎には美酒発祥の地 酒人神社があり、江戸の町では三河の酒は辛口がいいと大人気だっだ。鬼殺しと言われた。家康軍が強かったのばこの酒による消毒と、携帯保存食としての八丁味噌にあったと解明されている。米、麦、大豆、大根、人参から、海苔やアサリなどの魚介類や山間の食料まで、日本の食物のほとんどが揃っている地の利を得て、矢作川流域では2000年以上ありとあらゆるものが作られてきた。そうしたところに住んでいることに大きな誇りを持っている。

  ・舟紡績を発明したのも、三河に数多くあるからくり人形の機構があったからと言われている。一色の大提灯もそれらの技術の結晶となっている。寺院や神社が多いことから、宮大工や仏師の技術も日本有数となっている。

 ・また三河沿岸で出来た塩を矢作川をさかのぼって足助まで運びさらに塩尻まで運びました。塩尻という名前もなるほどですね。 足助では今でも弓矢を作っています

 ・西三河、岡崎を中心に浄瑠璃姫ゆかりの寺院、旧跡が数多くあり、地名にも今にその  名をとどめている。 浄瑠璃の発祥の地は岡崎らしいのです。浄瑠璃姫ゆかりの地                       

◆ モナリザの模写

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   齋藤吾朗画伯が26歳(1973年)のときにフランスに行きルーブル美術館に対してモナリザの模写をさせてほしいと頼み込んだ。なかなか許可が出なかったが最後は書かせてくれなければここで切腹すると言ったら許可してくれた。それまでに日本国内の巨匠たちが外務省を通して何人も申請していたがすべて却下されていた。知らぬ強みかも
2週間かかって模写されたそうです。今までに公認の模写は62人やっているが20世紀では50年前にシャガールと齋藤吾朗画伯の二人だけだそうです。ところがシャガールの模写は行方不明となっておりモナリザの絵がもしものことがあったら齋藤吾朗画伯の絵をルーブル美術館へ持ってきてほしいと言われている。
  
この絵を持って家に帰ってきてお母さんにあげたらとても喜んでくれてお母さんはこの絵を持って近所中を見せて歩いたそうです。この模様を赤絵で書いてあります。それがルーブル美術館に展示されてあります。

最後の写真ですが何も胸を見せているわけではありません。驚くばきは服のところの模様です。井桁の模様が6個あります。この模様は西尾市の市の紋章と同じなんだそうでルーブル美術館の人も驚いたそうです。

◆ 第9回全国職人学会  開催
   10月7日日曜日 8日祝日
   西尾での開催が決定しました。
   今日そのポスターの試作が出来てきたところです。
   永 六輔さんが主催する全国的な催しです。
   齋藤吾朗画伯の「矢作川ものづくりの史」の絵が中心となっています。
   また改めてご紹介するつもりです。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

花蕎麦さん

本当に世間は狭いというか
悪いことは出来ないものだと
改めて思い知りました
特に悪いこともしてこなかったつもりですが
是非またお会いしたいです
その節は宜しくお願い申し上げます。

たびとさんがらみで日進あたりでどうですか
私もまだ行ったことないのです
たびとさんが白焼きを持っていったお店です

投稿: えーさん | 2007/07/20 12:18

昨日は 不思議なご縁でお会いできて 光栄です。
あらためて 世間の狭さを感じました。
もう少し 色々と腰を据えてお話がしたかったですね!
また 機会がありましたらお願いいたします。

投稿: 花蕎麦 | 2007/07/19 23:38

川崎 さん

見ていただきありがとうございます
是非お出かけください
電話をされていかれれば大丈夫です

奥様は大変な美人ですよ

投稿: えーさん | 2007/07/19 22:56

ナカシマさん

見ていただきありがとうございます
リンク 了解です

三河と尾張は微妙に違いますね
岐阜は尾張です

投稿: えーさん | 2007/07/19 22:54

ちやすさん

>青と茶の取り合わせが
そこへきましたか
それには気がつきませんでした

投稿: えーさん | 2007/07/19 22:52

何時も、驚きます。
よく色々と、見て、聞いて、調べて・・
誰が読んでも、大変詳しくてためになる教養のつまった内容です。
私も、一度西尾の齋藤吾朗画伯のアトリエに行ってみたくなりました。
時々、えーさん日記を読むようにしていますが最近は毎日開いては楽しみにしています。
感謝!
川崎より

投稿: 川崎 修 | 2007/07/19 21:59

三河は「いいだらぁ~!」=「良いでしょう!」
安城生まれの安城育ちの私は大学に行くまで「だらぁ~」は標準語と勘違いしていました。徳川家康も「だらぁ~」を言っていたのでしょうか?
車のナンバーで岡崎、豊田が新しく出来ましたが、私は三河が好きです。愚直で義理人情に厚い三河人が・・・。
ところでリンク先にイーズライフをヨロシクお願いします。

投稿: ナカシマ | 2007/07/19 13:42

青と茶の取り合わせが
昨今ブームになったさい(洋服なんかでね)
その意外な取り合わせに驚きましたが
絵の中で既に表現されていたんですね。

「腹を切る」~その思い入れを
受け入れた文化もすごいです。

投稿: ちやす | 2007/07/19 09:53

マイケルさん

そうですか
さすがですね
私は模写を見て我慢しときます
2枚目の写真は34年前に齋藤吾朗画伯がルーブル美術館で模写しているところの
写真です。
とにかく単身で乗り込んで描かせてもらえなければここで腹を切るとすごんだのですから
すごいですよね

投稿: えーさん | 2007/07/19 09:00

☆絵画はあまり良くわからないですが、モナリザはルーブル美術館で何度か見ました。昔は結構近くまで寄れたんですが、最近はガラス越しで遠くからしか鑑賞できなくなりましたね。
☆ちなみに自宅には陶板焼きのモナリザがありますよ!

投稿: ☆マイケル☆ | 2007/07/19 06:47

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