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2005/10/31

犬山見物

 愛知県の犬山へ異業種・異分野交流会の行事で行ってきました。
犬山文化資料館の溝口館長様の案内で国宝犬山城や
犬山文化資料館そして どんでん館や古い町並みを見学してきました。

そのなかで行きはしませんでしたが名鉄犬山ホテル内にある
茶室 如庵のことになりました。

◆ 如庵

茶の湯の創成期に尾張の国が生んだ大茶匠・織田有楽斎(織田  信長の弟)が建てた茶室で、昭和11年に国宝の指定をうけた茶道文化史上貴重な遺構です。 とインターネットで調べたら書いてあります。
溝口館長の話ではこの如庵は最初 織田有楽斎が京都建仁寺の境内に
建てたものですがその後明治末期に北三井家11代高棟が譲り受け、東京・麻布の三井邸内に移築されました。
太平洋戦争で空襲の恐れがあるために大磯の三井別邸に移されました。さらに昭和47年になって三井家から名鉄にこの別邸丸ごと買い取られました。そして大磯から今の名鉄犬山ホテルの敷地へ移されたのです。
そこで話題になったのはこのような大きな建物をどうやって運んだ
かということです。
明治時代には道路も小さいし車もありません。
戦後といえどもやはり大変でしょう。
その場ではああだこうだとお互い言ってもわからないままでした。

犬山から帰ってその晩 市内某所で別の飲み会がありビールで乾杯したあと、今日犬山へ行って来てね と顛末を話しましたら
そのうちのKさんが「その如庵を大磯から犬山へ持ってきたのは
俺だよ 」 と言うではありませんか
たしかにこの方は元名鉄の重役さんで当時三井家から名鉄への買い付けと茶室 如庵の移転を担当したそうです。
これを動かすには大変な苦労があったらしい
なにしろ国宝を動かすのだから
なにより名義を変えるのが前代未聞ということでなかなか認めて
もらえなかった。そして移築するのですからいったんばらばらにして
材料だけを運んで犬山でまた組み立てたのだそうです。
こんなことがまかり通ったのも当時の政財界の大物が動いたからだと
おっしゃいました。

そしてこれも聞いたことですが 如庵 という名前はどうして
つけられたかというと織田有楽斎という人はクリスチャンだったそうでそのクリスチャンネームはジョアンヌだったので名前を如庵に
したということです。

溝口館長は如庵にいるとなんとも言えない心の平安を感じると
おっしゃいました。また調べてみるとこの10月10日に東京日本橋に三井越後屋ステーションなるものが出来て三井家の財宝がばらばらにならないように
集められて一般公開されているそうです。
一度行ってみたいですね

◆ 犬山城

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1617年徳川 家康9男の義直の名古屋城入りにさいして付け家老となった成瀬正成が犬山城主となりそれ以降成瀬の殿様のお城で
2004年まで成瀬家が所有していた。
平成16年4月、財団法人「犬山城白帝文庫」が設立され、城の所有者は成瀬家から財団法人になりました。

2代目が犬山祭りを始めた
これは当時犬山城下には隠れキリシタンがたくさんいると睨まれて
いたためそれをのがれるためにわざと派手に徳川 家康を祀るお祭りをしたと言われている。
3代目が鵜飼を始めた
7代目はお庭焼きとして犬山焼が始められた。
明治時代になって廃藩置県となり廃城となった
各建物や門なども競売にかけられた
門はそれぞれ売られたが天守閣を買うものはいなかった。それで愛知県の所有になった
濃尾大震災で大きな痛手を受けて愛知県では修理代が出ないため成瀬家9代目に無償で引き取ってもらった。
それでまた成瀬家のものとなった。

◆ 犬山市文化資料館
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犬山祭の車山の展示(2輌ずつ1年交替)を中心にした車山展示  ホールがあり、13輌すべての車山とからくりを解説したパネル  も展示されています
  特設工房では、九代玉屋庄兵衛による実演が公開されている
  (金曜日土曜日)

 どんでん館

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  市内の再開発でマンションが建つことになっていたが、これに
  反対した市民からの要望により市が買い取った。
  それでここをどう使うかを関係町内や市民の意見によりこの
  どんでん館が出来た
  どんでん館」の由来
  犬山祭の見所に、車山が城下町の辻で豪壮に方向転換する様があ  ります。これを「どんでん」と呼んでおり、この施設の愛称はこ  の言葉から名付けられております。

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◆ しみんてい

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   市の中心地の空き民家を市が買い取り市内のNPOに貸し出し   ている施設
   市民による活動の拠点となっている
   

 でんがく松野屋
  でんがくの専門店 犬山高校の隣
  犬山には食事でこれといった店はありません。
  どうしても昼食はここになります。
  奥まで広くて大勢の食事も出来ます。

  ◆ 荵苳酒   和泉屋 小島醸造

 DSCFsakaya0222 荵苳酒は薬酒で、江戸時代初期からの門外不出の醸造法による  犬山の名産品として知られいて、醸造元です。沢庵和尚が訪れた  とき、「冬を忍ぶ酒の名もよしさむ経て咲き出む梅を人になぞえ  て」という歌を残しています。
     

   

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