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2005/09/23

アサヒドーカメラ 後藤社長の話

先日ある勉強会でアサヒドーカメラの後藤社長の話を
聞きました。後藤社長は金城学院大学卒業の才媛ですごい美人です。
いま40代くらいでしょうか
アサヒドーカメラと言っても名古屋以外では知る人はいないと思いますが名古屋では知らない人はいないと思います。
私はその女性社長はどんな人だろうというミーハー的な興味しんしんで行ったのですが
そんな人が多かったですね
100人近くの人が集まりました。

同社は昭和29年今の社長の両親が開いた街角のカメラ屋さんからのスタートです。
転機は、1985年、ミノルタα7000が出た時で初めての本格的オートフォーカス一眼レフとして登場し、人気爆発、全く生産が間に合わず、どのカメラ屋も品切れ続出、次回納期全くメド立たずの状況でした。そんな時、アサヒドーカメラは、香港、アメリカと昔から太いパイプを持っていたので、国内超品薄のα7000を逆輸入したのです。それが大当たりとなり一日に500台くらい売れたそうで3分間でお客様に
カメラを渡す。儲かって儲かって
そのおかげでTVCMがうてるようになり、それが、久本雅美と柴田理恵を使ったあの伝説のCM”店員は無愛想だが、カメラは安い”というCMでした。
一番多い時は1日200本近いコマーシャルをテレビに流したそうです。
そしてカメラならアサヒドーカメラというのが定説となりました。
しかし今はデジカメの時代となり東西から大型電気店
が怒涛のごとく名古屋へ入ってきてとても厳しいのではないでしょうか。
そして父親の後社長をしていた兄が病死してしまい
そのあと彼女が社長をしているのです。
女性社長として相当苦労されたのでしょうね
一時は鬼のような形相をしていたともおっしゃってました。
しかしある時から一遍に楽になったということです。
それは商売はギブ アンド テイク ではなくて
ギブ アンド ギブ だと気がついてからだそうです。

それまでは男性とエレベーターで会ったときなんか
レディーファストが当たり前でしょ
という気持ちだったがそれからはこちらが先に
頭をさげて相手を先にたてるようにしました。
そうしたら相手の態度もころっと変わるのですよ
それから従業員もとても信頼感が増したような気が
しています。
今はとてもハッピーですと最後にしめくくられました。
意外な一面を聞いて私もうれしくなりました。
これからもっとお付き合いしたい女性ですね。
もっとも相手がいやがるでしょうが

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コメント

カタライザーさん
読んでいただきありがとうございます。
前の社長様は存知あげませんが立派な
方だったのですね
現社長様の話では大変に苦労されたようですが

投稿: えーさん | 2005/11/26 22:04

アサヒドーカメラはすごいところです。現在の社長のお兄さんも豪快な方でしたが、繊細でした。早くなくなってしまったのが惜しいです。
広告代理店に「****、ちゃんと***しろ」って大きな文字で何枚かにわたるFAXを送った話を思い出しました。

投稿: カタライザー | 2005/11/26 09:42

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