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2005/06/13

台湾 日本の心を探る旅

先月 愛知県のグループ26名で台湾3泊4日の旅行に参加しました。この旅の目的は三つありました。

1・台湾の八田ダムのほとりに陽光桜を1500本植えること

2・台湾で日本人の心を探ること

3・太平洋戦争での戦没者の霊を慰めることの三つです

そうですとても真面目な旅でした。高齢者が多かったのですが旅程はかなり厳しいものでした。

今回旅行した場所

1・潮音寺

 DSCF0441tyoonji   台湾の最南端 猫鼻頭にあります。周りは大きな草わらでどこにお寺があるのかわからないような場所でした。

 この潮音寺を建立したのは日華仏教関係促進会の中嶋秀次理事長で、昭和56年に日本と台湾の仏教関係者の支援を得て私財を投入して出来上がったものです。
台湾南方にあるバシー海峡は、大東亜戦争末期の昭和19年から
敗戦迄に、フィリピン決戦のため中国大陸から日本兵を運ぶ油槽船が、
米潜水艦などによって撃沈され、その数は5千トン以上でも200隻を
超え、戦死した日本兵は25万人以上に上るといいます。

中嶋氏自身が昭和19年8月、乗船していた「玉津丸」が撃沈され、
12日間漂流した後、奇跡的に生還した経験を持つ。5千人の兵員の内、助かったのは僅か6人だった。それで中嶋氏は戦死した人たちの霊を慰めるために私財を投げうってこのお寺を作られたのです。

この中嶋氏と戦後職場を同じくした小川智男氏が現在このお寺の管理をされています。  今回の旅行にはこの小川智男氏が同行されまた現地では台湾のみなさんが歓迎してくださいました。 ホテルでは夜遅くまで議論はつきませんでした。

潮音寺はかなり老朽化しており小川智男氏が中心となり お寺の修復を計画されています。  日本人として大いに寄付をしたいものです。    このようなお寺があること自体殆どの日本人が知らないと思います。

2・高雄市  「台湾戦没英霊記念碑」   

DSCFmumei0312  

「台湾戦没英霊記念碑」を見学し、お参りをしました。               これは台湾の旧日本軍兵士として参戦戦後は台湾の蒋介石軍の兵士として中国共産党と戦った許昭栄さんという人が最近台湾政府との交渉の末に高雄市の海岸の公園地区に建てたものです。             日本は昭和20年8月に終戦しましたが台湾ではその後蒋介石軍が来て中国本土との戦いがあり旧日本軍に参戦していた兵士は老兵といえどもまた多くの人たちが戦争に狩り出されたのだそうです。            これらのことは本当に知りませんね  私たちは                   許昭栄さんの記事                        http://sv3.inacs.jp/bn/?2004100078561040008015.3407   

3・飛虎将軍廟(ひこしょうぐんびょう)

DSCFhikosyougun0559

台南市にある飛虎将軍廟(ひこしょうぐんびょう)へお参りしました。  ここは第二次大戦中にアメリカ軍の台湾総攻撃を迎え撃った日本兵の勇敢な戦いぶりを目撃した台南市の呉省事氏がその英霊を祭ったものです。 そこには3名の飛行士が祭られています。杉浦峯兵曹長、村田茂雄海軍少佐、三好禎介陸軍大尉の3人です。       聞いた話ですがその後も台南市で何か問題が起きるとこの3人の誰かが夢に出てきてお告げがあるそうです。そのお告げのとおりにすると大概うまく行くそうでいまだに台南の人たちは日本人を神様のように頼りにしているのです。 ここでは毎朝 「君が代」が二度斉唱されそして、午後4時には「海ゆかば」を歌われるそうです。 私たちもここでCDで流される「海ゆかば」を一緒に歌ってきました。 またバナナをお下がりに全員がもらいました。 よく考えるとこちらから何ももって行かなかったような

4・烏山頭ダムと八田與一氏

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八田與一氏は金沢出身の土木技師で東大を卒業後すぐに台湾に派遣された人です。八田與一氏は台湾の農業振興のためには嘉南平野にダムを作って灌漑するのが一番だと烏山頭ダムを作り大規模な灌漑用水路を作りまた3毛作のやり方まで指導した方です。

台湾の李登輝元総統もまた「台湾に寄与した日本人を挙げるとすれば、嘉南大用水路を造り上げた八田技師がいの一番に挙げられるでしょう」と語っていまして昨年日本へ来られたときにも金沢へわざわざお寄りになりました。 

また八田與一氏のご長男 八田 晃夫氏(玉野総合コンサルタント 相談役)は今も愛知県春日井市に奥様ともどもご健在で今回の旅行前に関係者がご報告に行ってきております。 八田 晃夫氏は愛知県県庁で土木部長をなさった方で親子2代の土木屋さんですね 

「台湾で最も愛される日本人-八田與一」

八田與一氏
~華南平野の父~

参考文献 「台湾を愛した日本人」(古川勝三著 青葉書房)

この記事もご参考まで

5・世界中に 『陽光』桜を寄贈    愛媛の高岡氏

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今回の台湾旅行のもう一つの目的は烏山頭ダムのほとりの八田與一氏の銅像とお墓のある公園に桜を1500本植えることです。 今年から5年計画で桜を1500本寄贈されるのは愛媛県川内町の高岡 照海氏です。今回の旅行には奥様がご参加されました。 高岡さまは先代の 高岡正明さんが長い年月をかけて作られた暑いところに強い桜です。高岡さんは昔教え子の多くが戦争に出て行って帰ってこないのでその霊を慰めるために世界に平和を願って桜を植えることを思いつかれました。もう40年以上も続けておられます。延べ6万本を超えていると奥様はおっしゃってました。

高岡正明さんは有名な 伯方の塩 の創業社長でもあります。息子の高岡 照海氏は 遠赤青汁株式会社 の社長様で親子二代にわたって桜と健康産業をしていらっしゃいます。

また愛知県出身の演歌歌手 池田愛子さん はこの陽光桜の普及に大変熱心に働いておられます。この方も応援したいですね

6・六氏先生の墓   台北市

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六氏先生 とは明治28年(1895)、日本の台湾統治後にはじめて開校した学校である「芝山巌学堂(しざんがんがくどう)」に赴任し、暴徒に襲われて殉職した6人の日本人教師のことを言います。                明治時代にはこれらの先生の精神を尊び昭和5年には芝山巌神社が創建され、六氏先生をはじめとして、台湾教育に殉じた人々が、昭和8年までに330人祀られた。そのうち、台湾人教育者は24人を数えた。

太平洋戦争後 国民党によりこれらの施設はすべて壊されたそうですが平成7年に現在の神社が再建されたそうです。 当日も大勢の台湾の人たちが朝から参拝していました。 ある老人は私たちが日本人だとわかると日本の先生たちの功績を縷々と説明してくださいました。 そしてこうして毎日お祈りしていますと言われました。 改めて先輩がたの功績をありがたく思いました。

参考   台湾につくした日本人列伝

また台湾情報についてはここもご参考までに                    ここにも最近金沢の市議会議員が八田與一氏について報告されています   

     萬晩報   

                                                          

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