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2005/02/19

「文化のみち二葉館」

DSCF0065DSCFhaidenban0099DSCFzenkei0101今日時間が空いたので今月8日に名古屋市東区に再建された「文化のみち二葉館」を見てきました。
土曜日ということもあり満員の盛況でした。
ここはご存知川上貞奴邸を再建増築したものです。
洋風と和風が入り混じっています。
私は彼女のことをあまり知らず福沢 桃介の彼女くらいにしか思っていませんでした。
恥ずかしい限りです。
中の資料を見たり聞いたりしてよくわかりました。
日本初の女優でありパリ万博でも大好評を博したとか
愛・地球博が行われる今この建物が出来たことはとても意義が
あると思います。
このような素晴らしい女性が一時期でも名古屋に住まわれたことを誇りに思います。
また福沢 桃介氏も立派なものですね
江戸時代の清州越しから名古屋の基礎が出来たのですが大正時代の福沢 桃介氏は今日の名古屋財界を作った人と言っても過言ではないでしょう。

 女優第1号の意味は、こちら(8月22日:女優の誕生(1890) )をご覧下さい。
また文化の道 ご参考
tp://homepage3.nifty.com/toshishi/machinami/shirakabe/shirakaba.htm

ここのことをよく書けていると思います。
またここからのリンクで
http://ozakigum.hp.infoseek.co.jp/machinami/shirakabe/shirakabe.htm

ここも参考になりますよ
 

福沢 桃介とはどんな人だったのかと興味がわき調べてみました
こんなホームページがありました。
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/kwg1840/momosuke.html

ここに福沢 桃介のこと貞奴のことがくわしく書いてあります。
二人の出会いは福沢 桃介が養子に行く前の慶応義塾大学の学生のころ
貞奴が馬に乗って成田不動までの遠乗りをしたとき、貞奴の馬が
犬に吠え立てられて立ち往生しているところを桃介が通りかかり
助けたことださおうです。
それから1年二人の恋は順調だったのですが、福沢の養子の話が
持ち上がり桃介としてもアメリカへの留学につられてそちらへ
行くことになり貞奴は泣く泣く身を引いたということです。
彼女はこのとき15歳
しかしこの恋は数十年たってから立派に実ったのですね
福沢 桃介という人はなかなかに面白い人物のようです。

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